「まったく、あんたたちはなんて事するのよっ。 通り魔じゃないのそれ。 立派な犯罪
僕達の隣のテーブルに女子高生のグループが座った。
よっ。 警察に追いかけられたらどうするの。 もっと後先考えてよ。 私まで仲間と
思われたら困るじゃないのっ」
宣子は本気で怒っている。
まわりに人がいるので大声こそ出さないが、語気が強い。
「顔隠していたし、大丈夫だよ」
「誰にも見られてへんし」
僕達は大学近くのハンバーガーショップでコーヒーを飲みながら、宣子に今朝の事を話し
ていたのだった。
「馬鹿ね。 目撃者なんかいなくったって警察は関係者を洗うわよ。 そしたらどうよ。
越田君の事であの浦賀って刑事が壱岐教授の事調べているじゃない。 そこから関連を
たどって言ったら東口選手に繋がって、あなた達に疑いを持つわよ。 東口選手にして
も顔を見ていなくても背格好は憶えているだろうし、容疑者として会わせられたらすぐ
に判ってしまうわ」
「うーーん、そういう事もあるかな」
「はは、ちょっとやばかった、かな」
「まったく軽率よ。 いい、私は関係無いからね」
部子はぷいっと横を向いた。
もちろん、そうなった場合は宣子は全く無関係であると言い張るつもりではある。
「全く、行動が早いのは判るけど、どうして私の一言言ってくれなかった訳?」
「言ったら、どうしてた?」
「もちろん止めてたわよ。 そんな人を闇討ちするような真似、止めさせてたわ」
「でも、僕らがどうしてもやるって言ってたら?」
「私、行かないもん」
「興味あっただろ」
「あったけど………」
「じゃ、ついてきてたよ」
「…………」
宣子が怒っているのは、ひとりのけ者にされたからなんだ。
あの性格からすると、少々手荒な事でも乗ってくると思っていた。
だからのけ者にしたんだ。
「でも、全然普通の人間やったな」
「ああ、身構えられた時は一瞬緊張したけど、もし東口が越田波の力を持ってたら今頃病
院送りにされてたんだろうけど、その片鱗も無かった。 もし四年前に超人性を獲得し
ていたとしても、それは一時的なものだったんだろう」
「じゃあ、壱岐教授の薬って効力の範囲の短いものだったって事になるね」
「壱岐教授から直接話しを聞きたいねえ」
中浜の医学的好奇心はますます高まってきている。
もしかして本気でその研究に首を突っ込もうとしているのかもしれない。
これだけすさまじい成果の出ている研究であるにもかかわらず、未だに世に発表されてい
ないところを見ると、全くの地下での研究であるがゆえに世に出せないか、なんらかの理
由があっての事か。
それともまだ世界の研究者に全く知られていないか、だ。
もし途中からでも中浜がそのノウハウを手に入れて独自に研究開発する事が出来れば、ノ
ーベル賞だって夢ではない。
中浜は本気でそれを狙っているんじゃないだろうか。
「大阪まで行くか」
「金無いよ」
「深夜バスで行くって手もある。 あれなら安いで」
「でも、言ったところで壱岐教授が話してくれるとも限らないでしょ。 浦賀刑事も何も
聞き出せなかったって言ってたし」
「警察には喋らんかったかて、僕達には喋ってくれるかもしれないやろ。 四年前に自分
に疑いをかけて取り調べた警察に素直に協力しようという気もおこらんやろし。 なあ
御堂」
僕は高校生の時にオートバイに乗っていて、ネズミ捕りにスピード違反で捕まった事があ
る。
その時の警察は僕を凶悪な犯罪者扱いし、罵倒し、一言口ごたえをした僕をその場にねじ
伏せた。
それ以来、僕は警官を見ると無条件で嫌悪感が走るのだ。
僕が壱岐教授の立場であるなら警察には喋らない。
「ねえねえ、でもさ、四年前にも壱岐教授のところに陸連とか製薬会社とかが押し寄せた
んでしょ。 それでも何んも話さなかったんだから、いくら警察じゃないっていっても
難しいと思うな」
「しかし……」
中浜はあきらめきれない。
「もっと他に方法ないかな」
やっぱり越田からの連絡を待つしかしかたがないのだろうか。
学校返りの立ち寄りだ。
青春真っ直中の旺盛な食欲がまわりへの気遣いなんか吹き飛ばしている。
大声で話しながら大口を開けてバーガーにかぶりついている。
「おい、ちょっと」
「なんや?」
僕は中浜に顔を寄せた。
「隣のグループ。 あれ、広都大付属高校の制服だな?」
「ん? ああ、そうやな」
「御堂、制服好きなの?」
「中身の女子高生が」
「馬鹿」
「冗談だよ。 それより、今、妙案を思いついたんだが」
「妙案?」
「またとんでもない事?」
「妙な案というからにはまともな案やなさそうやけど、なんや?」
宣子も中浜も身を乗り出した。
「壱岐教授の孫が付属高校にいるつて言ってただろ」
「うん」
「誘拐するんだ」
「…………」
「あのねえ、御堂。 あんた本っ当にどうかしてるんじゃないの? それ完全な犯罪じゃ
ないの。 しかもかなり罪の重い犯罪よ。 もしかして刑務所に行きたい訳?」
宣子は今度こそ本当に目を吊り上げて怒っている。
「そんな事するんなら、私、今後いっさい御堂とはつき合わないからねっ。 ううん、こ
れまでのつき合いも無かった事にして。 私達は無関係よ」
今までのつき合いなんてほとんど無かったくせに、恋人じみた事を言うじゃない。
キスもした事ないのに。
「誘拐って言っても、ほんの二、三時間、音信不通になってもらうだけでいいんだ。 何
本当にかっさらって監禁しようって訳じゃない」
「何日でも何時間でも誘拐には違いないじない」
「………それ、いい手かもしれんな」
横でしばらく考えていた中浜がうなずきながら言った。
「身代金のかわりに喋らせる訳やな」
「あんたたち、何考えてるのよ。 今、すっごく危ない事言ってるのよ。 判ってる?」
「判ってるて、けど、やってみる価値はあるで。 戦争末期に完成されてたっていう超人
研究が手に入るんやったら」
中浜は本気でノーベル賞を狙っているのかもしれない。
「いくら価値あったって、警察に捕まったらおしまいじゃない。 それでなくても暴力事
件起こしているんだから」
「いや、やり方だと思う。 同じ誘拐でも罪に問われない方法もあるさ」
「何よ、それ」
「まず手順を考えないといけないけどさ」
僕はたった今思い浮かんだ計画を手順通りに話していき、中浜もそれに乗った。
宣子は最後まで反対し通したけれど、
「じゃ、仲間から外れてもいいよ」
という僕のひとことで、しぶしぶ乗ってきた。
「まず手始めに付属の生徒課に行って壱岐教授の孫の名前と住所を調べる。 それと、登
下校コース。 それから………」
僕達の計画は簡単に煮詰まっていった。
いったん乗ってしまうと話は早い。
後は誘拐される側の懐の深さの問題だ。