「どうも」
「奇遇ね」
「奇遇? はは、まったく、いざって時によく出くわすのも奇遇と言えば奇遇か」
よく言う刑事である。
僕達のまわりをうろついているくせに。
「どこかの学部の助手か講師みたいですよ。 何してるの?」
「ははは、そんなインテリジェンスに見えますか」
見え透いた冗談に白々しい言葉返し。
「いやね、今回の事件も端を発せばこの六道記念館だからね。 僕もじっくり見ておこう
と思って」
「あら? 今までにも捜査でそれこそしらみつぶしに見てるじゃない」
「そりゃ、あくまで捜査でね。 本来の建築学的にとか美術的にって意味では見てなかっ
たものだから。 いや、それにしてもすごい建物だね。 なんて言うか、こう重厚で荘
厳で、それでいて気品があって」
「ボロボロのガダガタで、たまにレンガが落ちてきますし」
「それで取り壊し論が出たりするんだろ。 歴史ある建物も大切だけど人の命はもっと大
切だからね。 あ、そうそう、君達知ってる? 昨夜、誘拐事件があったの」
ほら来た。
これが目的だ。
「ああ、今朝の新聞にそんな大見出しが出てたけど。 中身まで詳しく読んでません。
浦賀さん、担当になったんですか?」
「いや、所轄が違うから。 ま、気になってね」
「職業柄ですか」
「はは、それもあるけど、誘拐された被害者ってのが、ほら、あの壱岐教授のお孫さんだ」
「へーーー」
「ふーーん」
「…………」
僕達は三者三様のリアクションをしてみせた。
浦賀刑事は僕達の反応を見ようと目を凝らしていたが、残念ながら想定していた事だから
おいそれと尻尾を掴ませたりはしない。
「いきなり後ろから毛布をかぶせられて車に押し込まれ、そのまま約三時間車で走りまわ
られて、それで、また家の近くまで来ていきなり解放されたっていう事だ。 おかしな
誘拐だとは思わないか?」
「身代金の要求は無かったんですか?」
「被害者の両親の話によると無かったそうだ」
「それじゃ、どうして誘拐になるんです? お孫さんって男の子ですか?」
「……いや、女の子だ」
「それじゃ、もしかしたら、猥褻行為が目的で車に連れ込んだけれど、抵抗されて、しか
たなしに解放したのかもしれないでしょう」
「…………」
浦賀刑事は僕に喋らせながら表情を読んでいる。
「それが、一度だけ犯人から電話があったんだ。 お嬢さんを預かってますと」
「それで誘拐になるの?」
「一応。 両親はすぐに警察に通報して、所轄から警察官が数人私服で被害者宅に入った。
次の犯人からの連絡に備えて逆探知の用意をして魔っていたんだが、とうとう犯人から
の二回目の電話は入らずじまいで、そうこうしているうちに被害者が自分の足で帰って
来たって訳だ。 金銭及び物質的な要求は無し。 被害者も無傷だった。 おかしな話
だろ」
「金目当てでさらってみたものの、壱岐教授の家は金が無さそうだと見てあきらめたんじ
ゃないですか?」
「壱岐家といえば代々大阪の呉服卸の大店だ。 本家はちょっとした資産家だからね、そ
れはないだろう」
「じゃ、別の目的があった?」
「そう、それは何だ?」
「僕達に聞かないで下さいよ。 判る訳ないでしょう」
「はは、そうだね。 じゃ犯人の目的はお金以外のところにあった」
「…………」
「たぶん、君達にも判るだろう」
うまく誘導してくるが、その手には乗らない。
「僕達にはそんな事は判りませんよ」
「……そう」
「刑事さんの推理、聞かせて」
宣子が逆手にとって質問を返した。
突っ込まれた時は突っ込み返す。
これが駆け引きの常套手段だ。
「え、うん。 いや、推理というほどのものではないんだけど、ほら、このあいだから超
人騒ぎで壱岐教授の名前が挙がってただろ。 それも君達から」
「…………」
「夕日化成の東口選手とのつながりで」
「そうでしたね」
「もしかして、壱岐教授が超人を作り上げたんじゃないかと推測したのは我々だけじゃな
かったのかもしれない。 超人の秘密を知りたがっている誰かが、それを壱岐教授から
聞き出す為に、孫をかっさらって、聞き出そうとしたのではないか」
「我々だけじゃなかったたって事ですね」
「我々しか知らないと思っていたんだけどね」
「残念ながら、現に超人が現れて、それを見た人間は百人以上いますからね。 我々だけ
って限定出来ないですよ」
「うーーーん、そうだね。 えっと、それと、東口選手の事なんだけど」
「どうしたの?」
「数日前の事なんだけどね、朝野練習中に二人組の男に襲われて、殴り倒された」
「それはまた災難な」
「……東口選手はもしかして例のドーピング事件以来、超人域にまで体力が上がっている
のかもしれないという疑いを持った者に、その力を試そうとして襲われたんじゃないか
と思うんだ」
「うーーん、そういう事も考えられますね」
「東口選手と壱岐教授の関係と現実の超人とのつながりを疑っている者と限定すれば、か
なり範囲は限られてくると思うんだ」
「そうですね。 でも、僕達には見当がつきませんけど」
「………そうか、君達なら見当つくと思ったんだが」
浦賀刑事はかなりの思い入れで僕達を疑っているようだが、何の証拠も無しに目撃者もい
い限り、ずばりの追求は出来ない。
「君達、車は持ってるの?」
「持ってませんよ」
僕は貧乏学生だ。
「持ってまへん」
中浜も同じく。
「私の家にはあるけど、ほとんど兄が乗ってます」
「山崎君、免許は?」
「持ってますよぉ。 たまに載るとぶっ飛ばしちゃう」
「ゆうべは乗らなかった?」
「乗ってました」
「どこへ行ったの?」
「中浜君のアパート。 御堂とふたりで行ってたの。 そのまま今朝まで泊まり込んじゃ
った」
「ずっと中浜君のところにいた?」
「夕方からずっと。 あ、食料の買い込みには出たけど」
「車で?」
「そう、近くのコンビニとフライドチキン屋さんに。 アリバイ?」
「え、いや、疑っている訳じゃないから」
しっかり疑っているくせに。
もっとも調べられても、だいたいその時間には麻理江を乗せたままコンビニにもフライド
チキン屋にも寄っているからアリバイは大丈夫だ。
「浦賀さん、それよりも、ちょっと気になる事があるんですれけど」
そろそろ話を切り替えないと変な突っ込みを続けられても困る。
「え? 何?」
「この記念館の保存活動に政治家とか政財界の大物なんてのが絡んでません?」
「え? どういう事?」
「ほら、この建物なんですけど、確かに老朽化はしてますけど、ちょっと補修すればまだ
まだ充分使用に耐えると思うんです。 大学側もこの広都大のシンボルになっているも
のをそう簡単に壊そうなんて思わないと思うし」
「うんうん」
「これは僕の想像なんですけど、もしかして、これを取り壊して新しく建て直す事によっ
て個人的な利益を得る人間がいるんじゃないですか? 例えば学長クラスかもっとその
上の連中で、指名のゼネコンに工事を落札させて、そこからバックマージンや団体票を
もらおうとしているとか」
「まあそれも考えられるね」
「もし、そんな事が考えてる連中がいたとしたら、保存派って邪魔ですよね」
「……うん」
「だから裏から手をまわして体育会系を使って保存派つぶしをしようとしている」
「…………」
「それに対して保存派は、昔の壱岐教授の研究まで引っぱり出して超人を造り上げ、対抗
手段としたけれど、取り壊し派のバックに大物政治家なんてのがついていたら、いくら
超人のひとりやふたり出したところで、裁定ほ下してしまえばそれまでですから。 だ
から、そこで、もしかしたらですけど、保存派のバックにもこの建物をこよなく愛して
いる広都大卒の大物政治家がいて、裏々で対立していたりするんじゃないかと思うんで
すけど、どうですか?」
壱岐教授の名前もちらりと出したけど、本当のところは喋れない。
でも、政治家が絡んでいるってところはまんざら外れてもいないと思う。
「それは、まあ、よくある話だけどもね。 でも、それが今回の事件とどうつながるんだ
い?」
「浦賀さん、この広都大で捜査していて、昔の、戦時中の超人伝説を耳にしませんでした
か?」
「超人伝説か。 それらしいのは聞いたな。 昔の薬物研究所での事だろ。 でも、その
研究ってのは結局、今で言う覚醒剤の類の研究だったんだろ。 特攻隊に飲ませて死ぬ
恐怖を軽減させたっていう」
「そうです。 でも、もしもその時に、もっと進んだ超人開発が行われていて、それがあ
る程度成功していたとしたら。 昔の薬研は軍属だったそうですから、その研究内容を
知っている軍人が今でも生き残っていて、その軍人が政治家になっていて、それが現代
のこの世に昔の研究を完成させて超人を作り出した。 越田はその試作品なのかもしれ
ませんよ。 越田の登場はその超人性を足る巣ためと、日本で超人が作り出されたって
いうデモンストレーションだったのかもしれない」
「うーーん、考えられない事はないけど、ちょっと話が飛躍しすぎてないか。 もしそん
な研究が成功していて、それを政治家が握っていたとしたらも何もこんな形でデモンス
トレーションしなくても、もっと正式に発表しているだろう。 その方が政治的な売名
効果も大きいだろうし」
「その政治家に発表出来ない事情があるとしたら?」
「事情? それは何?」
生体実験の事を言っても良かったんだけど、そこまで言ってしまって、この刑事が壱岐教
授ほ問いつめたら、今度こそは壱岐教授も口ほ閉ざしてはいられないだろう。 麻理江の
事もあるし。
「それは僕なんかには判らない事ですけどね。 政治の世界は複雑だし、駆け引きや裏取
引もあるだろうし」
「……ふん。 御堂君、なかなか推理派じゃない」
「と思ったら裏方にいるかもしれない政治家とか財界の大物ってのを調べて下さいよ。
案外そのへんから越田につながるかもしれないし、それに、もしかしたら贈収賄のおま
けまで拾えるかもしれませんよ」
「話がずいぶん大がかりになってきたね。 贈収賄は僕のところじゃないけど、ま、参考
にしておくよ。 で、君達はこれからどこへ?」
参考にとは言っているけど、結構目はマジだから、きっと調べてくれると思う。
「授業ですよ。 学生ですからね、本分は勉強ですから」
「そうだったね。 でも御堂君を見てると、なんだか昔風の若手私立探偵みたいでね、推
理論争するのが楽しいね」
「少年探偵団ですか」
「そうだね、はは」
この刑事、いつも顔は笑っていても目は笑っていないから、いけ好かない。
「それじゃ刑事さん、またね」
宣子が浦賀刑事の方をぼんと叩いて歩きだした。
僕も中浜もその後を付いて行く。
とにかくこれで保存派、取り壊し派共に、その背後関係の洗い出しには手を打てたと見て
いいだろう。
あの優秀なる浦賀刑事の事だから、きっと上の上まで追求し尽くした捜査結果を僕達に報
告してくれる事を信じてる。
僕はいささか心が弾んだけど、さて、この先は?