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〈26〉



越田が何処へどう消えたか判らない。
六道記念館は大入り満員の状態で、各出入り口にも各階段にも人が大勢いた。
それら誰の目にも触れず、越田は二階の観覧席を出た後、忽然と姿を消してしまった。

浦賀刑事達が二階に駆け上がった時にはもうすでに学生達が相当数駆け上がっていて越
田の姿を追い求めていたが、その連中すら誰一人、越田を二階では見なかったと言う事
だった。
観覧席を出ると通路になっていて、そこに窓がついている。
越田が逃げたとしたら、そこからとしか考えられないのだが、二階とはいっても階高は
六メートルもあるという建物なのだから、その窓から地面までの距離は普通の建物の三
階以上にもなる。
普通の人間が飛び降りたとしたら脚でも折りそうな高さだが超人化している越田である
なら何の問題もなく着地出来るのではないか。
警察は表に出て目撃者を捜したが、そこでも誰も越田を見た者はいなかった。


次の日、中浜の部屋で集会での騒動を掲載した新聞を読み、テレビでの放送を見ていた
けれど、どの媒体も越田の事や超人的な力を発揮したとの発表はいっさい無かった。
どれを見ても、ただ、保存派と取り壊し派の学生同士が衝突をして数人の怪我人が出た
とだけ書かれていた。
「どう思う?」
僕は新聞を広げて中浜に言った。
「意識的にそのあたりを避けてるとしか思えんな」
「どうして?」
「天下の大新聞やテレビが超人なんて超常現象をまことしやかに載せらんていう事もあ
 るんやろうけど。 スプーン曲げみたいなもんで」
「しかし、それもおかしいと思わないか? 一流どころはそれも考えられるけど、三流
 どころやバラエティ番組でもそのへんし触れていない。 スプーン曲げなんかにも真
 っ先に飛びついた番組がだ」
「見えないところで何かが動いてるていう事か」
「ああ。 ほら。もしも生体実験を指示した軍人が政界の大物になっていたらって仮説
 があるだろ。 そいつにしてみたら超人研究そのものを世間には知られたくないだろ
 うし」
「報道を規制出来るくらいの大物になっていて、そいちが影で手を回してるていう事や
 な。 けど御堂、それもおかしいな」
「え?」
「考えてみぃ。 超人研究そのものを世に出しとうないんやったら越田なんてものその
 ものを出してくる事自体がおかしい。 あいつがデモンストレーションしてるのは超
 人研究の成功を知らしめる為やないのか? 矛盾してるで」
「だから報道規制してるんだよ。 超人研究を知らしめる必要があったのは、あくまで
 広都内部だけに限定してだったんだ。 記念館がらみでさ。 その目的さえ達してし
 まえば、それ以上は世に出したくない。 だから報道規制なんて手を後に置いていた
 んだ」
「そうやろか、それもわざとらしいで。 それより御堂、こう考えられんか。 あのな、
 超人をデモンストレーションしたがっているやつと、隠したがっているやつ、その二
 つの派があるていうのは」
「派がふたつ?」
「戦時中の残虐行為を隠したがってるやつと公表したがってるやつ」
「……越田は保存派だよ。 保存派は隠したがっているんだろ? 矛盾してるよ」
「……いや、そこや。 保存派の中に二つの派があるんや。 現にほれ、越田は生体実
 験の事を知らんかったて言うてたやろ」
「ああ、綺麗事に乗せられているって感じだった」
「記念館守ろうっていう同じ目的を持った保存派の中で、過去を知らん連中がデモンス
 トレーションしようとして、そこで、過去を知っている、暴かれたくない連中が慌て
 て隠そうとしているっていう事やな」
「前者が越田で後者が奥村か……」
「それはまだ判らへんけどな。 そんな手下クラスより、問題なんはその上やろ」
「浦賀刑事にそれとなく、政治家が絡んでないかって匂わせておいたけど」
「電話でさりげなく聞いてみるていう手もある」
「そうだな、電話番号は……と。 宣子、浦賀の名刺、持ってる?」
「え?」
「ん? 浦賀の名刺……」
「あ、うん、持ってる」
宣子は今日は朝からなんだかおかしい。
いつもみたいに興味顔を出さないし、話に割り込んでもこない。
ずっと何か物思いにふけっているような顔をしている。
どこか身体の具合が悪いのか、気になる事でもあるのかと思える雰囲気なのだ。
「ほら、これ」
僕は宣子の出した名刺に書かれている番号をプッシュする。
コール一発で出た。
それも浦賀刑事が直で。
「御堂です。 きのうは……」
大変でしたね、と言おうとしたら、浦賀刑事の緊迫感のある声で遮られた。
「ちょっと今忙しい」
「え? 何かあったんですか?」
「ああ、あのな……うん、君に各欄してもらってもいいか」
「何がです?」
一瞬、嫌な予感が身体中を駆けめぐった。
「越田が見つかった」
「え?! 見つかった!」
「死体で」
「!……死体で!!」
「まだ発見されて間がない。 僕も今から現場に向かうところだ。 君も来てくれ。 
 越田かどうか面通しをしてもらいたい」
「行きます。 行きます。 何処ですか?」
「吉祥寺の井の頭公園だ」
「吉祥寺?」
「すぐ来てくれ」
「判りました」
僕は電話を切って飛び上がった。
「行こう、井の頭公園」
「死んだんか。 やはり昨日撃たれたのが効いていたんやな」
あの時の刑事達はまるで示し合わせていたかのように、越田が現れてすぐ、一斉に発砲
した。
まるで最初から殺すつもりでいたかのように。
それとも刑事達はあらかじめ越田が弾丸を弾き返す事を知っていたのか?
あの時の越田は弾丸を弾き返した。
死ななかった。
それなのに今日になって死体で発見されたという事は、やはり何発もの銃弾を受けたその
中の一発が致命傷になっていたのか?
それとも薬の効力が切れたのか?

僕達は中浜のアパートを出た。
宣子はあいかわらず、黙ったままだ。



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憂想堂
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