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〈30〉



バラバラに、本当に肉の一片までバラバラに切り刻まれた越田の遺体が家族に返されたの
は死体が発見されてから六日も経ってからだった。
一応、身体は元通りに縫い合わせてあったそうだけど、母親は一目我が子の身体を見たと
たん、失神してしまうほどのむごたらしさだったらしい。
核兵器を持たず、正式に?軍隊を持てず、交戦権も持てない日本にとって、兵士の超人化
というのは列国に与える軍事的脅威という面から考えても、どんな事をしてでも手に入れ
たい機密なのだろう。
そのために、一国民の身体を分解したところで国家的良心は痛む事などない。
越田にとっては災難だったけれど、とにかくこれで死後一週間にしてやっと葬式が出来る
運びとなった。

僕と中浜、それと山本えい子も葬式に参列した。
浦賀刑事も手下を連れて来ている。
もしかして宣子も現れるかと思っていたけれど、来ていない。
式も進んで、最後の開棺の時も包帯の塊しか見えなかった。
僕達は火葬場にまでついて行った。
僕にとって越田はそんなに親しい友達ではなかった。
たまたま同じ高校から同じ大学に進んだというだけで、趣味が合ったという訳でもなし、
行動を共にしていた訳でもない。
それなのに、僕が夢見ていた願望を棚ぼたで手に入れた越田に対する嫉妬と思い入れが、
なんだか越田をすごく身近な人間に感じさせていた。
だから、越田の棺が焼却炉に入っていく時には涙が流れ出た。
山本えい子がいつの間にか僕の横に来て、僕の袖を掴んでぐすぐすと泣いている。
最近はつきあっていないと言っていたが、恋人であったという気持ちは変わっていないの
だろう。
僕はえい子の肩を抱いて斎場を出た。
「まさか死ぬとはな」
「…………」
「いつ頃から越田とは会ってない?」
「……もう二ヶ月くらい」
もしかしてえい子は密かに越田と会っていたのではと思っていたのだが。
「もう冷めてたのか?」
「私はそんな事なかったけど」
「越田自身、危ないところに足を突っ込んだんだと思っていたんじゃないかな。 だから
 君から離れたのかもしれない」
「…………」
「あいつも自分のやりたい事やって、人の出来ん事やって死んだんやから、成仏しよるや
 ろ。 いつまでも悲しんどったらあかんで。 元気だしや」
中浜はまたへんななぐさめ方をしたが、この場ではそんな言い方の方がいい。
えい子も思わず笑っている。
「あの、山本さん、それでちょっと聞きたいんやけど」
いきなり中浜が質問に転じた。
「何?」
「越田は何か我の判らん薬を飲んでたって言うたやろ?」
「うん」
「それ以外に、何かを注射してたとかは無かった? 腕に注射の跡があったとか」
「注射? さあ? 何度か献血した事があるって言って腕に絆創膏してた事はあったけど」
「献血? 腕のここに?」
僕は腕の腹の静脈を指した。
「うん、でもあれは注射じゃなくて、本当に献血だったみたいよ。 献血手帳も持ってた
 し」
そんな事は判るもんか。
シャブ中の言い訳常套文句だし。
「腕に絆創膏貼ってた時、越田に何か変化はなかったか?」
「貧血みたいな顔してた」
「目の瞳孔が開いてたとか、やたら落ち着きがなくなってたとかは?」
中浜はさらに突っ込む。
エフェドリンの効き目の状態だ。
「目なんか覗き込まないし、越田君、われといらちのところがあったし……」
「気分良さそうにはしてなかったか?」
「めまいがするってへたり込むんでた」
「……貧血の症状やな。 献血に間違いなさそうや」
中浜は肩をすぼめた。
やっぱり越田はシャブ中ではなかった。
だから一発で死んだ。
越田は殺されたと見ていいだろう。
保守派の、超人伝説の裏側を知っている連中が越田の口を封じたに違いない。
殺したのは、おそらく奥村。
そしてそれを指示したのは、生体実験を指示し、それを隠そうとしているやつ。
越田は記念館保存運動の裏に隠れた残虐行為隠しと、その研究を政治的に利用しようとす
る連中に利用され、殺されてしまった。
なまじ思い入れが強く、本当の訳も知らずに保存派のリーダーになんかなっていたから、
みんな目に合ってしまったんだ。
馬鹿なやつ。
そう考えると、なんだか、今まで全然出てこなかった涙がにじみ出してきた。
そんな僕を見て、えい子は僕の腕をつかみ、同じように涙を流した。
中浜はあいかわらず、何か考え事をしながら歩いていたけれど、その時、僕達を追い越し
て行った車の中から、僕達にカメラを向けていた男がシャッターを切ったのにきがついた。
あれ? と思ったが、車はそのまま走り出してしまったので、さほど気にもとめなかった。



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憂想堂
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