「へーえ、奥村があの奥村土木の息子とはね」
「業界最大手の土木会社やからな。 社長の息子やろ、ちょっとしたええとこのぼんやな」
夜遅く電話をかけてきた中浜はうらやましそうな声で言った。
同じ医学部だから調べやすかったのだろう。
野上教授のプライベートを探っているうちに、腰巾着の奥村の素性が判ったって訳だ。
「20年ほど前、総理になる前の中根信広を資金面でバックアップしていたって言われてるのが
当時、土地大量買収で話題になった奥村土木やからな。 両者はただならぬつながりがある
っていう事やな」
「中根信広と野上教授が仲いい訳だから、野上教授も自然と奥村を引き上げなきゃならない訳
だ。 だから腰巾着になってるんだな」
「それとな、中根と同期でもう一人おもしろい人物がおったで」
「え? 誰?」
中根と同年齢の人物なんて今までに登場したかな?
「蟻村英一や」
「蟻村? ………! アリムラ!」
宣子が野上教授を呼び出した時、野上教授が宣子に向かって言った名前だ。『アリムラか!』と。
「何物? 蟻村英一って」
「ほら、蟻村工藝社の」
「え? あの山本えい子の勤めている会社の?」
「そう、あの蟻村工藝社の社長や。 変なつながりやろ。 偶然やろかな」
「そんな筈はない。 野上教授が『アリムラか!』と言ったのは何か関係があるからなんだ。
それに、宣子の兄さんが、確か」
「蟻村工藝社の企画室長って言うとったな」
宣子がいきなり超人化したのはやはりこんなところでつながりがあったあったからか。
最初は判らなかったが、宣子は途中、どこかでそのつながりに気が付いたんだ。
だから単独でとれを追った。
「蟻村英一ってのは医学部か?」
「いや、工学部建築科や」
「そのあたりがつながらないな」
「いや、建築やから、その見地で六道記念館に愛着持ってて、それで保存派の中根とつながって
いるとかやな」
「超人伝説とは関係なしか?」
「そのへんは判らんけどな。 けど越田みたいに何も知らんと踊らされてるていう事はないやろ」
「宣子も蟻村の線から核心に近づいたのか」
「判らんけど。 ほれ、越田の彼女」
「山本えい子」
「あの子の絡みで蟻村英一を調べよか」
「ああ、それに宣子の兄さん」
「なんか糸口見えてきたな」
「どうする?」
「まずは山本えい子やな」
えい子はたぶん、そんな図式は知らないだろう。
その方がかえっていろいろと聞きやすいかもしれない。
宣子の兄貴にまで持っていければいいのだけれど。
「それとな、もうひとつ。 ほら、お前、前に記念館時計塔に行った時、広都大学史っていう
本に戦前の山岳部があの時計塔にロープをかけてロッククライミングの練習してる写真があ
ったのを見たって言うてたやろ。 俺もそれ見ようと思うて今日、図書館に行ったんや。
そしたらな、ちょっと面白いものを見つけたぞ」
「何?」
「ふふ、明日見せてやる。 見たら判るわ」
「もったいつけて」
「とりあえず明日」
「山本えい子が会社終わるのが六時やから、授業終わってから医学部のピロティに行く」
「判った、 そしたらな」
中浜も随分乗ってきた。
核心にも迫れそうな肝してきた。
だが、僕が中浜の声を聞いたのは、それが最後だった。