〈42〉




 6

国領香代子の捜索は全国規模で行われた。
しかし、未成年者の事なので、顔写真を出す訳にもいかず、名前も出せないので、捜
索は聞込みしか出来ず、その行方は全くつかめなかった。
すでに、どこかの山奥で自ら命を絶ったのではないかと、各地の山や谷、海なども捜
索されたが、それらしき死体の発見すらも出来なかった。
工芸高校では旧講堂が取り壊され、それに伴い、旧校舎の改装も行われた。 銅葺屋
根は新しく張り替えられ、古く、鍵の下ろせなかった窓枠も全て新しいものに代えら
れて、防犯設備も新たに設けられた。 工芸高校のシンボルである旧校舎の蔦は、校
長が伐採案を出したがOB会から反対の声が上がり、そのまま残される事になった。
そして、蔦館の名前は残された。



 7

二年後。
滋賀県、彦根城の天守閣で、竜崎と竹内は国領香代子に会っていた。

「どっちに似てるやろ」
「二人に似てるよ」
「そやな」
香代子は生まれたばかりの赤ん坊を抱いて、二人に見せている。
「ごめんね、いろいろと心配かけて」
「いや、ええんや。 けど、これからどうするんや?」
「とりあえず、この子が物心ついて、私の話が理解出来るようになるまでは梅本さん
 のところに置いてもらうつもり」
「そやな、それがええ。 しかし、あの吉兵衛爺さんも、ようかくまってくれてるな。
 本来やったら自分の孫を殺した敵やろに」
「いや、あの爺さんが一番、香と吉兵衛の事を思うてくれてたんや。 あの悲劇を自
 分の物として受け止めてくれてたんやて。 そやから、最後まで見届けてやろうと
 してくれはったんや。 なんて言うても、あの爺さんも吉兵衛やからな」
「そやな、自分の代では香に出会われへんかったから、その心残りもあったんかもし
 れんしな」
 竹内はそう言って、香代子の手から赤ん坊を抱き上げて、顔を覗き見た。
「出来たら、この子の父親には俺がなりたいとも思うたが」
「ううん、誰かっていうのは判らない方がいいの。 だから、二人にお願いしたの。
 その方がこの子の為にもいいと思うし」
「そやな、この子の父親は俺達二人なのは確かなんやから」
「この子は私達三人の子よ、私がいなくなっても」
「……いなくなるって?」
「……そうなったら……」
香代子は竹内から赤ん坊を受取り、寂しそうに笑った。

「国領」
竜崎が天守閣から展望する琵琶湖を見ながら言った。
「なに?」
「その子の名前は何てつけた?」
「……香……ってつけたの」
「そうか」
秋の琵琶湖は遥かに漣が立って寂しげに見えた。
香の血は絶える事なく未来に引き継がれ、また、いつの日にか吉兵衛との出会いの為
に生き続けていく。

次に出会う時こそは、うまく結ばれて、もう悲劇は繰り返してくれるなと竜崎は心から
祈った。

                 完



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