〈7〉



             [ふたくちめのコーヒー]


                  1

 「ほら、こうしてデッサンっていうのは全ての基本になっているのさ。 絵だけじ
ゃなしにね」
 「ええ、そうよね。 デザインも同じ。 見えるものを見る事。 それを表現する
事。 みんなデッサン?」
 「そう、見えるものすべてを表現する」
 「判るわ。 でも、図案科の人達は感覚を重視するわ。 見えるものだけを見ない
の。 見えないものを表現するんだって」
 「それもその通りだよ。 でも、それを表現する能力がなければ、主張はできない
さ。 ほら、こうして君の唇を描く。 君の形じゃなければ、この絵を見たってキス
をしたくならない」
 「私の形だったら?」
 「キスっていうデッサンで感情を表現するんだ」
 「ずるいのね。 キスも表現の方法だなんて。 言葉の表現だってあるのよ」
「君の感情は?」
 「……私も、そう」
 「絵理衣。 どこにいるの?」
 「ぶーっ」
 「ストップ、ストップ。 ちょっと、何やねん、それ」
 「だって、今のセリフ」
 「しかたないやろ。 森さんが来てないんやから」

 映研部の部室で本読みをやっているところだった。
 梅本と小沢真智子が本来の演技以上の感情を漂わせながら、お互いのセリフを読ん
でいたところに、今日欠席している森真智子の代役をやっている川勝が女声を出して
セリフを入れたものだから、小沢真智子が吹き出してしまったのだ。


 「それは、しかたないけど。 その代役、やっぱり女の子にやってもらってよ。
  川勝君の声、気持ち悪いんだもの」
 「気持ち悪いって、僕かてね真剣にやってるんやから」
 「判るけど、せっかくいい感じだったのに、ねえ、梅本君」
 甘えるような声で梅本に相づちを求める。 小沢真智子は絵里衣の役を得て以来、
演技上の感情移入を理由に、梅本とすっかり恋人同士の雰囲気を作りあげていた。
  役得とはまさにこの事を言う。
 「ああ、僕はべつにいいけど」
 「だめよ。 演技って、その役になりきって、役の気持ちを自分の物にしきって演
じなきゃだめなのよ。 川勝君は自分の役じゃないから、感情を入れずにただ読んで
るだけなのよ。 だから、おかしな声になるんじゃない」
 「そんな事ない、僕だってね……」
 「そうよ、きっと。 私、絵里衣役を完璧にこなす為に絵里衣になりきろうとして
るのよ。 刻緒を死ぬほど愛した絵里衣の気持ちを本当に理解しなきゃと思って、私、
梅本君を本当に愛して理解しようと努めてるのよ。 代役するならするでいいけど、
そのくらい感情を込めてやって欲しいの」
 どさくさにまぎれて、梅本に対する愛情表現をさらりとやった。
 聞き流した者もいたが、しっかりと耳に止めて、冷たい視線を小沢真智子に投げか
ける者もいる。 竹内はそんな部員達の表情をさりげなく見比べていた。

 「待って。 そんな事で揉めていてもしかたないでしょ。 川勝君だって一生懸命
やってるんだし、誰もふざけてなんかいないんだから」
 本谷真知子が横から口を出した。 形の上では川勝に助け船を出した格好だが、そ
うではない事は皆判っている。
 「だって」
 「麻里絵の役、私がやるわ。 それならいいでしょ」
 「いいけど……。 ん、じゃ、お願い」
 小沢真智子は一瞬鼻白んだが、すぐに笑顔を作って自分を持ち直した。 ここでへ
たに粘っても印象を悪くするだけだし、梅本に対する意志表示は一応出来たとの判断
が即座に下されたらしい。
 竹内は脚本より、このやりとりの方がよっぽどおもしろいと思った。
 「それじゃもう一度、シーン27から」
 川勝が憮然とした顔で脚本を広げ、言った。
本読みに入ってから三日目になる。 一日目、二日目と全員揃っていたのだが、今
日はこの場に五人が欠席している。
 森真智子、小野由紀栄、上山朱美、梶井茂樹、井上隆夫、だ。

 「ちょっと待って。 ねえ、お茶にしない」
 本谷真知子が提案した。
 「あ、そうしよう」
 「コーヒー、飲みたあい」
 「よろしいなあ」
 ほぼ全員が賛成した。 本読みにちょっと水を差された感じだったし、梅本と小沢
の息が合うのがおもしろくない者もいたので、少し間が欲しかったところだったのだ
ろう。

 本谷真知子と国領香代子、当銘由美子の三人が立ち、部室の入口脇にある棚から人
数分のカップとインスタントコーヒーを用意した。
 二十一人分のカップが並ぶ。
 ポットからお湯を注ぎ、三人が手分けしてテーブルに配る。
 脚本を開いて梅本と演出について話し合っていた小沢真智子は、目の前にカップを
置いてくれた本谷真知子に、ありがと、と声をかけ、カップに軽く口をつけた。
 配り終わった三人も座り、それぞれ飲み始める。

その時、扉を開けて、欠席していた上山朱美が入って来た。
 「あー、コーヒー飲んでるー」
 「おう、どうした。 遅刻か?」
 「違う。 職員室よ。 進路相談」
 「揉めてるんかいな」
 「だいぶ。 もーお、いやっ。 あ、そう、これ、竹田女史から。 部活補助費だ
って」
 上山朱美は茶色い封筒を出して川勝に手渡した。
 「もう出たんかいな。 いくら入ってる?」
 「え、え、うーむ。 三十万」
 「凄い」
 「よう出たな、そんな金」
 「去年の準グランプリがよっぽど効いてるんやな。 それに六十周年記念も」
 「学校の名前が出るからな。 成績の悪かった頃にはまともに部費も出しよらんか
った学校が、現金なもんや」
 「ありがたや、ありがたや」
 「なんまいだ、なんまいだ」
 川勝が札束を拝み、つられて同じように拝みだすやつもいるから阿呆らしい。
 「それから、これ。 旧講堂の舞台に入る鍵」
 上山朱美は真鍮の古そうな鍵を指先でぶらぶらさせて、見せた。
 「ああ、ロケ撮したいって言ってたとこね」
 「今、行く?」
 「そうやね。 せっかくやから、ロケ撮やっとくか」
 二道が言って、全員がぞろぞろと立ち上がる。
 飲みかけのコーヒーはそのままテーブルの上に置いたままにしておいた。
 「お金、落としたらあかんから、ここに置いとこか」
 川勝はお金の入った封筒をロッカーの中にそのまま入れた。
 ぞろぞろと全員が部室を出たところで上山朱美が言った。
 「お金、置いてあるんやから、鍵かけときなさいよ。 うちの学校もなかなか物騒
なんやから」
 「え、そうやな、かけとこう」
 川勝がポケットから鍵を出して扉をロックする。

部室の前の廊下を右に行くと、すぐ階段があり、それを下り、また右に行く。 す
ると、すぐに突き当りになっているが、その突き当りの左側が旧講堂への導入部の踊
り場になっている。 踊り場を入ってすぐが講堂入口である。 美術部の島崎晶子が
腰を抜かした場所だ。

 入るとすぐに柔道部の道場があり、島崎晶子が野蛮人と呼ぶ猛者達が野獣のごとき
咆哮が道場中に響きわたっていた。
 「おう、ふられ役。 なにしに来た?」
 道場で乱取りしていた竜崎が映研部員達の一番後について来た竹内に声をかけた。
 「やかましい」
 竹内は目線を合わさず、ぶっきらぼうに言う。 へたに受け答えしても竜崎に突っ
込まれるだけなのは判っている。
 道場に入って、すぐ右手に壁があり、比較的新しいドアがある。 その壁の向こう
に旧講堂のかつての舞台がある。 新講堂が出来て、この旧講堂が本来の使用をされ
なくなってから、道場と舞台との間に壁を立てたのだった。 今は備品置場になって
いる。

 「今からですか」
 扉の前に溜っていると竹田女史がやって来た。
 「今から入るところです」
 と言って、上山朱美が鍵を開け、全員中に入った。
 すぐ目の前が舞台になっていて、緞帳が下りている。 その左右に舞台控え室に入
る扉がある。 控え室には今でも舞台装置や小道具などが置かれていて、雑多に積み
上げられていた。
 「まあ、なんと埃っぽい事」
 「古い舞台やなあ。 こんな所で昔は弁論大会なんかやってたんやなあ」
 「でも、結構風格があるね」
 「八十年の歴史があるからな」
 映研部員達はそれぞれ舞台に上がったり、袖控え室に入ったりして、写真を撮って
まわりだした。
 竹内も舞台の上に上がってみる。
 中央に古い演台が置かれてあり、そのまわりの床は弁論者達の踏み跡で床板がすり
減っていた。
 いつのまについて来たのか、竜崎まで柔道着のままで舞台上に上がっている。
 「風格て言うより、なんか、ひからびてて気持ち悪いな」
 竜崎が緞帳の裏を覗きながら言った。
 「この壁の向こうにマリアはんも長い間いてはった事やしな」
竹内はいとも簡単に言ったが、竜崎は寒そうに首をすくめる真似をした。
 「こんな所で何するねん」
 「ここでロケするらしいな」
 「ふーん。 怪奇映画でも撮るんかいな」
 「そんなもんやろ」
 「おまえが出る映画やからな」
 「やかましい」

映研部員達がロケ撮をやっている間、演劇部員達は舞台の周りをうろうろと見てま
わったり、控え室に入ったりしている。
 床は石貼りで壁は漆喰。 金具は全て真鍮で出来ている。 梁や腰壁などにはレリ
ーフがほどこされていて、手入れがゆきとどいていれば、見る者を感嘆させずにはお
かない、かなりの重厚さを持った舞台まわりである。 が、いかんせん、この学校の
生徒立ちは手入れどころか、当番で決められた掃除すらまともにしない。 箒を握っ
た事もなければ、雑巾掛けなど入学以来一度もした事がない、という生徒も結構いる。
 学校側も生徒達を規則で厳しく締めつけない、という指導方針があるので、うるさ
くは言わない。 従って、石貼りの床は輝きを失い、壁はひび割れ、欠け落ち、真鍮
は金色の輝きには程遠い無惨な赤茶色になっていた。 窓ガラスなども透明度を失い、
スリガラスのごとき惨状であった。 竣工当時、大阪の人々の目を驚きで見開かせた
堂々たる欧風殿堂建築も今では見る影もない。

 「先生、部活補助金ありがとうございました」
 舞台下で川勝が竹田女史に礼を言った。
 「あれだけの金額を取るのに苦労しました。 校長はじめ、教頭、学年主任までも、
クラブ活動と言えば運動部しかないと思っているらしくて、文化部に対する補助金な
どはなから考えていないような状態でした。 しかも、演劇部を女子供のお芝居ごっ
こと考えている節も見られ、補助金の申請をした時など、ままごとセットでも買うの
かと言わんばかりの顔をしました。 あの文化部に対する認識の低さは許せません。
 昨年度のわれわれの実績をなんと見ているのでしょう。 私も少々意地になってし
まいまして、校長、教頭に膝詰めで談判し、やっとの思いで勝ち得たのです、あの金
額は。 だから、今回の映画コンクールはなんとしても最優秀グランプリを獲得して、
あの石頭達を見返してやらなければなりません。 頑張りましょう」
 校長、教頭にしても、竹田女史にヒステリックに迫られて太刀打ち出来ず、言いな
りに金を払ってでもやっかい払いをした方が我が身安全とばかりに補助金を出してし
まったのだ。 もちろん、内田女史はそんなふうには理解していないのだが。
 「え、それで今回の『ミステリアート』の衣装なんですけど、今までやっていたよ
うな持ち寄り衣装ばかりじゃなくて、もう少し全体をコーディネイトした、え、なん
て言うか、時代性を超越した現代を意識させないファッション感覚を取り入れたらど
うか、という意見も出ているんです」
 「いいですね」
 「それで、え、あのお金を衣装の方に少しウエイトをおいてまわしたらどうかとも
思っているんですけど」
 「いいと思います。 衣装というものも作品のイメージを決定づける大きな要素で
すから、ある程度、その辺で贅沢すべきなのかもしれませんね。 部会で皆と相談し
て決めて下さい」
 「判りました」
 川勝は満足げにうなずく。 部長として顧問と意志が通じ合っているのが誇らしい
様子だ。
そんな二人のやり取りを横目で見ながら、梅本は控え室の中に入ってみた。
 舞台装置や小道具、大道具などが所狭しと置かれている。 そして緞帳や背景幕が
何枚も吊されていて、ちょっとした迷路みたいになってる。 かきわけて奥に入って
行くと、錆の浮いた古い鉄枠の窓があり、少し明るくなっていた。 風通しの為に開
けられていたガラス窓の枠にも蔦が張り付いている。
 梅本がなにげにその窓の向こうに見えるしいの木の繁る並木を見ていると、後ろか
ら声をかけられた。
 「……愛する気持ち、創造のその手、表現する唇。 それは私の求めるものとあま
りに同じ……」
小沢真智子が脚本のセリフを感情をこめて言った。
 「練習?」
 「刻緒が絵里衣を初めて見て、その手を取りに行ったのが図案科派のパーティ会場
の緞帳の陰でしょ、今みたいに」
 「うん。 そこで手の早い刻緒は、即、キスまでしてしまう」
 「……しないの?」
 「……皆に見られるよ」
 「緞帳の陰よ」
 「………」
 梅本は顔を近づけ、軽く唇を合わせて、すぐに離れた。
 「本番では、ちゃんと、してくれる?」
 演劇部の舞台でも結構キスシーンなどはあるのだが、高校生の劇だから、とか、女
性役が一方的に嫌がったりとかで、いつも場内からは見えない位置でやっているふり
だけをして誤魔化していた。
 「ああ、君は、いいの?」
 「梅本君とだったら、いい」
 小沢真智子は恥ずかしげにうなずいて言った。
 その時、緞帳が急に引っ張られ、本谷真知子が顔を出した。
 二人はさっと離れる。
 「あら、こんな所に二人で何してるの?」
 本谷真知子は、二人で、とは言いながらも、小沢真智子の方だけを見て言った。
 「緞帳を見てたの、ここで私達のシーンがあるから」
 小沢真智子は横目で優越感をこめて言った。
 「そう、念入りね」
 本谷真知子は冷たい目で見返す。
 梅本は背筋に冷たいものを感じて目をそらした。 梅本にとって、この手の修羅場
は茶飯事的に見ているのだが、いつまでたっても好きになれない。 当り前ではある
が。

 「おーい、ロケ撮終わりーっ、戻るぞー」
 川勝が舞台下から声をかけてきた。
 「はーい、出まーす」
小沢真智子は本谷真知子を横目で流して、返事をする。
 「梅本君、行こ」
 梅本をうながして袖部屋を出た。 本谷真知子はその後ろ姿を見ながら続く。
 全員で舞台部屋を出て、川勝が鍵をかけた。
 竹田女史が職員室に戻り、部員達はまたぞろぞろと三階に上がり、部室に戻る。

 「ん?、竜崎、何ついて来てんねん?」
 竹内が柔道着のまま後ろをついて来る竜崎を見て言った。
 「いや、おまえがどんな顔してセリフ喋ってるのか見たろと思うてな」
 「阿呆、おまえみたいなやつが見てたら集中出来んわい。 出来る名演技も出来へ
んようになる。 邪魔や」
 「冷たい事言うなよ竹内。 本当言うとな、おまえが映画出てるうちに俺だけが練
習して、どんどん強くなってしもてやな、ますます実力差がついたら、おまえの立場
がないやろ。 そやから、ちょっとはさぼって、おまえのレベルに合わせたろうと思
うてな。 まあ、これも親友ならではの心配りや」
 「何を言うとるねん。 俺がさぼってやって、やっとおまえが追いついてこれるん
やろが。 何が心配りや」
 「あ、あの、竜崎君。 あの、やはり、部外者が本読みに同席するのは、あの、ど
うかと……」
 川勝が恐る恐る竜崎に言った。 竹内ほどではないが、竜崎も堂々とした体躯をし
ていて、迫力がある。 そのうえ、外見だけでなく、本当に強い。 文化部の川勝が
竜崎に逆らうなんて事は、一般小市民が暴力団の幹部に抗議するようなものなのだ。
 「何、おまえらは他人に演技を見せる為に練習してるんやろ。 部外者がいようが
いまいが、そんな事でまともな演技も出来へんようでどないするねん」
 「………」
 竜崎が押し出し強く言うと、川勝は返す言葉が出ない。
 「ね、竹内君。 竜崎君の言うとおりやない? べつに誰が見ていてもかまわない
と思うよ」
 国領香代子が竹内に寄りそうようにして言った。
 「まあ、そう言うたらそうやけど、けど、こいつの事や、絶対何か悪さを考えとる
に違いない」
 「大丈夫よ、ねえ竜崎くぅん」
 「そうそう、国領さん、あんたええ子やねえ」
 「勝手にせえ」
 竹内はそっぽを向いて歩きだした。 国領香代子がその竹内にぶら下がるようにし
てついて行く。 竜崎はその二人を見て、首を捻った。
 「あ、あの、竜崎君。 じ、じゃ、いいですけど、おとなしく、頼むよ」
 川勝は相変わらずおどおどしながら言った。


 部室に戻り、川勝が鍵を開け、皆で中に入る。 竜崎が一番後で入った。 それぞ
れが席に着く。
 「さあ、そしたら本読み進めとこうか」
 「そうね」
 「あーん、コーヒー冷めちゃったあ」
 「入れ換えようか」
 当銘由美子が言ったが、
 「ううん、私、猫舌だから、この方がいい」
 と、言って、小沢真智子は冷めたコーヒーを一口飲んだ。
 そのとたん、小沢真智子は、一瞬、喉が詰まったような顔をして、そのまま吐き出
してしまった。
 「どうした?」
 「喉に詰まったの?」
 「気管に入ったんじゃない?」
 皆、一斉に振り向きはしたものの、気軽に言う。 ところが、小沢真智子の顔は見
る見る赤黒くなり、鳴咽の声を出して、喉元を掻きむしりだした。
 「ちょっ、ちょっとお、どうしたの?」
 「大丈夫か?」
 これは異常と見た部員達は、口々に言って立ち上がり、駆け寄った。 だが、その
顔色はますます、どす黒くなり、そのまま卒倒するように床に倒れこんだ。
 美しい顔が苦痛に歪む。 美しいゆえに余計に壮絶に見える。 小沢真智子は連続
して、吐き出すような声を出しながら、苦しげに床を転げまわった。
 「キャーッ」
 「た、大変やっ!」
 「先生を呼んでこい!」
 「マチコォ!」
 三人程、部室から飛び出して行った。
 「救急車呼んでこい!」
 竜崎がその背中に向かって怒鳴りつけた。
 小沢真智子は喉から、ヒューッ、と、空気の洩れるような音を出して、痙攣しはじ
めた。
 「しっかりしろっ」
 竹内と竜崎が小沢真智子に駆け寄り、抱き起こす。 だが、小沢真智子は最後に、
ひくっと息の詰まるような音をたてて、そのまま力が抜け、動かなくなった。 それ
まで、どす黒かった顔は、さっと色が引いて、今度は抜けるように白くなった。
   そして、表情も穏やかな美しいものに戻った。
 「小沢!」
 「しっかりしろ!」
 「マチコォ、しっかりして!」
 ぐったりとした小沢真智子の周わりに部員達が駆け寄った。
ただ、梅本吉成と本谷真知子の二人は壁際に立ち、ひきつった表情で、小沢真智子
の美しい顔を見おろしていた。



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憂想堂
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