〈10〉



             [ドクロのマーク]

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 放課後の工芸高校正門前には、新聞雑誌の記者やカメラマン達が昨夜以上に多くた
むろしていた。 テレビカメラまで入って、正門前でマイクを持って喋っている報道
番組のレポーター達を撮っている。

 今朝の新聞やニュースの反響が意外に大きかった為、発行部数、視聴率稼ぎに丁度
良いネタだという事で、各社とも、どっと繰り出して来ているのだった。
 美少女殺人、密室殺人と、それだけでも世の好奇の目を奪うには充分であるのに、
そのうえ、事件現場に出没する幽霊の噂が、読者、視聴者の好奇に輪をかけた。
 旧講堂から発見された白骨死体の件にまで遡って騒ぎたてる。 これだけ猟奇的な、
そして好奇的な事件は他に類を見ないとばかりに、確マスコミは一斉に寄り集まった
のだった。
 さながら、校門の前は政治汚職の発覚した時の国会議事堂前のようだった。


 学校周辺でそんな喧騒が繰り広げられている中、旧校舎一階の職員室の中にある会
議室に、演劇部、映研部の部員達が、昨日欠席していた四人も含めて全員集められて
いた。
 隣の校長室の応接スペースには大門警部補と得居刑事、山之内校長、松嶋教頭に竹
田女史。 それに、昨日はいなかった映研部の顧問、竹田悦郎教諭の六人が集まって
おり、その場に部員一人一人を呼んで事情聴取が進められていた。

 「そしたら、もう一回聞くで」
 大門警部補は目の前に座っている野口正明の顔を睨むようにして言った。
 「君は小沢真智子に一方的に惚れていた。 そうやな?」
 「ほ、惚れていたて、そんな事……。 あの、ちょっと好意を持っていただけです」
 「おんなじ事やないか」
 「え、いえ、あの、ああ、憧れていただけで………」
 「好きやったんやろ、そやけど相手にされへんかった」
 「……………」
 野口正明は何を言っても決めつけるように取る大門警部補の聴取の仕方に驚き、答
えを失った。 横では得居刑事が調書を取り、今の大門警部補の質問に対して野口が
『はい、そのとおりです』と答えたと勝手に書いている。
 「可愛さあまって憎さ百倍というやっちゃな。 それで、おまえ、小沢真智子を殺
したんか」
 「と、とんでもない。 勝手に決めつけないで下さい。 そんな事はしてません」
 「ほんなら何をしたんや」
 「何をって、何もしてませんよ」
 「嘘つけ」
 「阿呆らし」
 「何っ!」
 大門警部補は顔をどす黒くして怒鳴りつけた。
 「すみませんんっ」
 野口は肩をすくめて頭を下げる。
 「ほんまにおまえと違うんやな」
 「ほ、ほ、本当です」
 「よっしゃ、調べたら判る事や。 チオシアン化カリの出所なんかもすぐに判るん
やぞ」
 「は?」
 大門警部補は野口の表情の変化を読み取ろうとしていたが、反応なしと見るや、
 「よっしゃ、もうええ。 隣に行っといてくれるか。 判ってるやろけど、今の話
の内容は他の連中には言うたらあかんで」
 と言って、ひと睨みした。
 「は、はい」
 野口はヤクザににらまれたサラリーマンのように縮みあがり、校長室を出て行った。

 大門警部補はソファにふんぞり返って腕を組む。
 「それじゃ、最後の一人ですね。 えーと、森真智子。 昨日は欠席してました」
 得居刑事がファイルを見ながら言った。
 「三人マチコの三人目か。 よっしゃ、呼んでもらお」
 竹田女子が呼びに行き、すぐに森真智子が入って来た。
 長く柔らかい髪と涼しい目元をしている。 落ち着いた身のこなしを持っていて、
ゆっくりとソファーに腰を下ろす。 髪をゆっくりとかきあげる仕草と白いうなじに
細い指はとても高校生とは思えない色香を感じさせた。 はつらつとした健康美を持
っていた小沢真智子とは対照的に、大人びた妖しい美しさを森真智子は持っている。
 得居刑事はじっと見とれている。

 「小沢真智子殺害の事情聴取やからね、質問された事、知っている事は正直に答え
るように」
 大門警部補が口上を述べた。
 「はい」
 森真智子は落ち着いている。 緊張したところはまったく見えない。
 「まず、名前は?」
 「森真智子です」
 「生年月日、住所、電話番号、学年、クラスは?」
 森真智子はよどみなく答えていく。
 「演劇部員やね」
 「そうです」
 「昨日は学校休んでたんか?」
 「いえ、登校してました」
 「授業は?」
 「六時限目まで受けました」
 「昨日の部活には来てなかったな」
 「はい」
 「学校には来てたのに、部活には出なかったんやね」
 「そうです」
 「なんでや?」
 「……身体の調子が悪くて、家に帰って寝てました」
 それまでソファから身体を乗り出すようにして聞いていた大門警部補は、また腕を
組み、ソファの背にそっくり返った。
 「嘘言うたらいかんな」
 「?………」
 得居刑事がメモ書きを大門警部補に渡す。
 「昨日、事件直後の事情聴取の後に、部活を欠席してた四人の自宅に電話を入れた
んや。 もちろん、警察やいう事は俯せてな。 そしたら、夜の九時過ぎやのに君は
帰ってなかったやないか」
 「……………」
 大門警部補は森真智子の顔をじいっと覗き込む。
 「身体の調子が悪いのに、夜遅うまで家に帰らんと何しとったんや?」
 「映画を見てました」
 臆せず答える。
 その平然とした態度に大門警部補はカチンと来た。
 「さっきは家で寝てました言うて、その嘘がばれたら、あっさり映画を見てました
か。 それやったら、なんで最初に嘘つくんや」
 「そちらに先生方がおられますし、部活を休んで下校途中に映画館に寄っていたな
んて事はちょっと言いにくかったものですから」
 森真智子は校長や竹田女史の方をちらりと見て言った。
 「ほーお」
 大門警部補はあからさまに、たいした生活指導ですなと言わんばかりの目で校長を
見た。 校長は冷汗を拭きながら頭を下げる。
 「どこの映画館で何ていう映画見てたんや?」
 森真智子は天王寺にある映画館と、そこで上映中の映画の題名を言った。
 「誰と行ったんや?」
 「一人です」
 「ふーん」
 大門警部補、また腕組みをして天井を見上げた。
 「普通、君らぐらいの歳の女の子が一人で映画見に行ったりするもんやろか。 た
いがい何人かのグループで行ったり、男とアベックで行ったりするもんやろ。 なあ、
正直に言うてみ。 誰と一緒やったんや? わしら少年課と違うんや、君が誰と映画
館へ行こうととやかく言わへん。 ただ、事件当日の部員全員の行動が知りたいだけ
なんや。 もし、先生方がおるので言いにくいのやったら席を外してもろうてもええ
のやで」
 「一人で行きました」
 森真智子は相変わらず表情も変えずに答える。
 大門警部補の顔が紅くなってくる。
 「よっしゃ。 一人で行ったでええやろ。 そやけど、それを証明出来るか?」
 「………いえ」
 「途中で誰かと会うたか?」
 「いえ」
 「それやったらアリバイが無いという事やないか」
 「……そうですね」
 「そうですねて、君なあ、アリバイが無いという事は疑いをかけられてもしかたが
ないという事やで。 判ってるのか?」
 「判ってます」
 「判ってるのやったら何とか証明したらどないや」
 大門警部補は苛立ってきた。
 「証明する必要は無いと思いますけど」
 「何?」
 大門警部補は信じられない言葉を聞いたとばかりに目を剥いてしまった。
 「私は事件には関係無いんですからアリバイの証明は必要無いと思うんです」
 「あのな、疑いを持たれるという事は自分が不利な立場に立たされるという事やぞ」
 「事件を調べているのは刑事さんでしょう。 もし、私に疑いがかけられたとして
も、警察の捜査が進めば刑事さんが私の疑いを晴らしていただけるものだと思ってい
ますけど」
 「屁理屈やな」
 「犯人が捕まれば、私のアリバイなんて全く必要無い事ですから」
 「君が犯人かもしれんやないか」
 「それを調べるのが刑事さんの仕事でしょう」
 大門警部補の顔が赤黒く変色した。
 「よっしゃ、調べたる! おまえに疑いをかけて容赦なく身辺捜査したる!」
 大門警部補は頭から湯気を立てて、警察が捜査という大義名分の名の元で一般市民
に対して堂々と出来るいやがらせを脅迫文句として言った。 森真智子はおかしなも
のでも見るような顔で大門警部補の爆発しかけの顔を見ている。
 「君はよくもてるやろ」
 横から得居刑事が口を出した。
 「いえ、そんな事はありません」
 「そうかな? 君くらいきれいやったら男子生徒が放っておけへんやろ」
 「私、そんなにもてる方だとは思いませんし、やみくもに声をかけられたりもしま
せん」
 「そうかなあ、そんな事ないやろ、僕が高校生やったら放っとけへんけどなあ」
 得居刑事は森真智子の顔から身体まで舐るように視線を這わせながら言う。
 「ありがとうございます。 けど、私は本当に自分が他の女の子達よりもてるとか
思ってませんし、もてるもてないって事には関心ありませんから」
 森真智子ははっきりと言い放し、得意刑事はしらけ顔になってしまった。
 その間に激怒していた大門警部補が我に返り、質問を再開しだした。
 「小沢真智子と梅本吉成がつきおうとったやろ。 どこまで関係が進んでたか知っ
てるか?」
 「知りません」
 「そうか? 君らは三人マチコで仲良かったんやろ。 男の話しのひとつもしとっ
たやろ」
 「いえ、小沢さんが梅本君とつきあっていたなんて事も知りません。 あの二人は
そんな事はなかったんじゃないですか」
 冷静に質問を聞いている森真智子は話のカマにはかからない。
 「ほんなら、小沢真智子は誰とつきおうとったんや?」
 「知りません」
 「…………」
 大門警部補と森真智子の視線が合い、睨み合う形になった。
 「……判った。 もうええ。 君の事はよーく調べさせてもらお」
 「…………」
 「あの、最後にひとつ」
 得居刑事が横から言った。
 「君はいま誰とつきおうてるんや?」
 「誰ともつきあっていません」
 「へえ、そんなにきれいのに」
 「きれいとかきれいじゃないとかは関係ないと思います」
 「ふうん、そんなもんかね。 そやけど親しいボーイフレンドはおるやろ?」
 「いません」
 「ほんまやな」
 「……失礼します」
 森真智子は軽蔑の目を二人に向けて立ち上がり、軽く一礼して部屋を出て行った。
 得居刑事は手を顎に当て、大門警部補は天井を見上げて大きく行きを吐いた。


 「どうでしたか」
 そんな二人に山之内校長がおずおずと声をかける。
 「どうでしたかて、大した連中ばっかりですなあ、おたくの生徒達は」
 「は、恐縮のしだいでございます」
 校長、深々と頭を下げる。
 「あの、お言葉を返すようですが」
 松嶋教頭が大門警部補に向かって言った。
 「あの連中の年頃はプロテストエイジと言いまして、」
 「何ですか、そのプロテストて言うのは? プロ野球の入団テストですかいな」
 大門警部補は嫌そうな顔をして口をはさんだ。
 「反抗的な年頃という意味です。 反抗期ですね」
 「ふん」
 「あの年頃は一方的に決めつけるような圧力をかけた聞き方をすると、反抗するか
萎縮するかのどちらかです。 もっと彼らの心の中に入って話をすればあんなにふて
くされたり、警戒心を持ったりしないで話してくれると思うんですが」
 松嶋教頭、涼しそうな顔をして言う。
 「ほう、先生は私の聴取の仕方が悪いとでもおっしゃるんですかな、あの生徒達が
まともで」
 また顔色が赤黒くなってきた。 これだけころころと顔色が変化してよく脳溢血に
ならないものだと、松嶋は感心する。
 「連中は被疑者じゃありません。 刑事さん達は捜査一係だそうですから、殺人、
強盗などの凶悪犯罪を扱ってらっしゃるんでしょうけど、そんな被疑者、容疑者を取
り調べるのと同じやり方ではやはり具合い悪いんじゃありませんか。 あの連中は普
段は刑事さんが今感じられたようなひねくれ方はしていませんよ」
 「あれでも手加減したつもりやがな!」
 「あれで」
 「何っ!」
 「ま、まあ、ちょっと、教頭先生」
 校長がへっぴり腰で割って入った。
 「今は刑事さん方も一刻も早く犯人を捕まえようとご尽力下さっているんだから、
やり方はともかく、我々はあまり横から口を出さない方が……」
 「その通りです。 私らには長年やってきたやり方があります。 これでいかな凶
悪犯人をも落としてきました。 私らはこの道のプロですぞ、素人さんには口を出し
てもらいたくありませんな」
 大門警部補は、余計な事を言うなとばかりにふんぞり返る。
 「はい、ごもっともです。 教頭先生、何も言わずにおまかせしようじゃないです
か」
 校長は両方をなだめるのに汗だくになっている。
 「そうですね」
 教頭は平然としている。
 「という事ですので宜しくお願いいたします」
 校長はまたも深々と頭を下げた。 自分が校長をしている高校で殺人事件が起き、
新聞紙上を騒がせた。 それだけでも進退にかかわる重大問題なのに、その上、自校
の教頭が警察を怒らせ、それが元で捜査が遅れたり、犯人を検挙出来なかったという
事にでもなれば、校長の座も更迭されかねない。 ここは床に這いつくばってでもな
だめたいところだった。
 「いや、判ってもらえたらええんですわ」
 大門警部補、松嶋の顔を横目で睨んで言い、顔色が元に戻った。
 「そしたら、得居、ちょっと今の集計してみい」
 「はっ」
 得居刑事は書き込んだ調書を順番にめくり、集計していった。
 「えーとですね。 男の中で小沢真智子を好きであったと答えた者は十八人中十五
人。 何とも思ってないと答えたのが竜崎、竹内、梅本の三人。 三人とも部外者で
すね」
 「ふん、映研部、演劇部の男どもは高校生の分際でこぞって一人の女に熱をあげと
ったんかい。 ほんまに近ごろの高校生は」
 「あの、ちょっと」
 また松嶋が口を挟んだ。
 「何ですか、もう」
 「松嶋先生!」
 「いや、文句じゃないんです。 あのですね、小沢、本谷、森の三人は三人マチコ
と呼ばれて、全校的なアイドルでした。 つまり、男子生徒間ではテレビタレントや
アイドル歌手に近い存在な訳です。 演劇部の男子生徒が全員好きだと言ったのはタ
レントに対する憧れと同じ感覚で言ってるのです。 さきほどの事情聴取では対象を
小沢一人に特定して聞いたから全員小沢が好きであると答えてしまいましたが、もし、
小沢じゃなくて本谷と森で同じ事を尋ねたとしたら、やはり彼らは全員、本谷に好意
を持っている、森に好意を持っていると答えたでしょう」
 「ふん」
 「演劇部、映研部の男子生徒全員が小沢に恋愛感情を持っていたとは一慨には言え
ないと思うのです」
 大門警部補は目をつぶって聞いていたが、松嶋が喋り終わると、ゆっくりと目を開
け、
 「判った。 参考にしときましょ」
 と、憮然として言った。 間ではらはらしていた山之内校長もほっと胸を撫でおろ
す。
 「得居、次は?」
 「はい、次は女生徒の答えです。 小沢真智子に好意を寄せていた男の名前。 こ
れは各自多様でした。 特にこの男という特定は難しいと思います。 反対に、小沢
真智子が好意を寄せていたという男については、本谷、森を除く全員が梅本吉成と答
えています」
 「梅本なあ」
 大門警部補は渋い顔をした。
 端正な顔をして平然と盾をつく、警察を馬鹿にしたような態度に腹が立つ。 その
梅本が小沢真智子みたいな美しい女性徒に惚れられていたのかと思うとしかめっ面の
ひとつも出る。
 「えらい男前ですからね。 小沢真智子とはよく似合ってるかもしれませんね」
 「阿呆、男は顔やない」
 大門警部補、真面目な顔で一喝する。
 得居刑事は首をすくめた。
 「すると、こういうふたつの図式が考えられる訳やな」
 大門警部補は一旦座り直してから、言い出した。
 「まず、女性徒Aがおる。 Aは梅本を好きになった。 一方的に惚れていただけ
か、あるいは一時的に交際をしていた。 ところが、薄情な梅本はそんなAを無視し、
あるいは捨てて、小沢真智子に乗り換えた。 もしくは、交際中の間に小沢真智子が
強引に入り込み梅本を奪ってしもうた。 それを恨んだAが凶行におよんだ。 それ
がひとつ。 もうひとつは男子生徒Bの場合。 Bは学校中のアイドル小沢真智子に
恋焦がれていた。 教頭先生の言われるようなアイドルタレントに対する憧れではお
さまらない、憧れ以上の気持ちを持っていた。 何度もおのれの気持ちを打ち明けて
いたが、その都度、手痛く振られていた。 そして小沢真智子は男として、Bよりも
はるかに外見の良い梅本に走った。 これが梅本ではなく、もっと自分に近いレベル
の男なら、Bもあっさりと諦めたのかもしれないが、梅本であったが為に、Bは小沢
真智子を外見で男を判断する女、自分の中身をあっさりと見下した女と受け止めてし
まい、今まで好きであった分だけその反動で憎むようになった。 可愛いさ余って憎
さ百倍ですな。 それがBの動機です。 あ、と、教頭先生にはあらかじめお断りし
ておきますが、これはあくまで殺す目標を小沢真智子に特定しての仮説です。 部外
からの侵入で、無差別殺人が目的であるという説については平行して捜査しておりま
すので」
 「判っております」
 「となると、AあるいはBは誰なのかという事になりますが、事件の際、部室を出
て行きしなにカップに毒を放り込んだという仮説を取ればAは本谷真知子、上山朱美、
国領香代子、当銘由美子、竹内啓子、楠本智恵子の六人のうち誰かという事になりま
すな。 それと、A説で外部からの侵入と考えると、演劇部、映研部部員以外と想定
すれば、容疑者の数は膨大なものに膨れあがりますが、部員であると限定すれば、そ
の時、その場にいなかった森真智子と小野由紀栄の二人になります。 しかし、先ほ
どの個別の事情聴取で小野由紀栄にはアリバイがありますので除外できます。 する
と、アリバイの無い森真智子が最大の容疑者になってくる。 森真智子はあのとおり、
小沢真智子に勝るとも劣らないかなりの美貌ですからな。 あの梅本にしても一度や
二度は手を出してたとしてもおかしくない」
 竹田女史は、ごほん、とわざとらしい咳払いをした。
 「森真智子にしても、自分に自信とプライドを持ってるやろから、小沢真智子に梅
本を取られたとしたら、プライドを傷付けられた事になって逆上するやろしな。 容
疑者ナンバーワンですな」
 大門警部補は腕を組んで、自分の見解に自分でうなずきながら言った。
 内田女史の顔が曇ってくる。 自分の教え子の中から有力な容疑者の出るのがたま
らないのだろう。

 「Bの場合ですが、これは梅本を除く男子部員全員が想定されます。 もちろん部
外の男子生徒もです。 こちらについても個別に突っ込んで調べてはいきますが、と
りあえずは森真智子ですな」
 「あの……」
 山之内校長がおずおずと言い出した。
 「森真智子にしても他の生徒達にしても、まだ未成年ですし、将来ある身ですので
……」
 捜査をしてもらうのは良いのだが、行き過ぎて生徒の人権問題にでもなれば教育委
員会からの突き上げが来る。 それは警察に向けられるだろうが、それも新聞ネタと
しては格好のネタだ。 そうなると、また社会的に校長の管理責任を問われる事にな
る。
 「判っとります。 プライバシーの保護ですな。 心配せんといてもらいましょう」
 大門警部補はじゃまくさそうに言った。
 「それよりも、各生徒の身上書、内申書、査定書の類があれば全部見せてもらえま
すかな。 それと出席簿も」
 「はい、提出いたします」
 校長が深々と頭を下げた。
 「あの、もう生徒達を帰してもよろしいでしょうか」
 竹田女史が言った。
 「何、帰す? ええと、もう聞く事は無かったかいな」
 大門警部補が得居刑事に聞く。
 「え、ええ、今の所は」
 「うーん、まあ、ええやろ。 何かあったらその都度聞くさかい」
 「それじゃ私、生徒達の所に行ってやりたいので失礼します」
 竹田女史が立ち上がった。
 「それでは私も」
 それまで何も言わずに座っていた竹田悦郎教諭も続いた。
 「先生、生徒達には今の話は内密に願いますぞ」
 大門警部補が竹田女史の背筋を正した後ろ姿に声をかけた。
 「判っておりますっ」
 竹田女史、一声残して出て行った。
 大門警部補は顔をしかめてそっくり返り、
 「校長先生、森真智子の担任を呼んでいただきましょうか」
 と言った。




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憂想堂
E-mail: yousoudo@fspg.jp