〈11〉



 2

 竹田夫妻が会議室に入ると、映研部、演劇部の部員達が会議テーブルを囲んで話し
合っているところだった。

 「何を相談しているんですか?」
 「先生、あの、部活はどうなるんですか? 映コンは?」
 川勝が立ち上がって聞いた。
 「そうですね、こんな事件が起こった以上、すぐに部活再開というのもどうかと思
いますが……」
 竹田女史は顔を曇らせて答える。
 「先生、小沢さんが死んだのは、え、悲しい事件ですし、残念な事だと思います。
  けど、それによって、部活は中止しないで欲しいんです。 え、高校野球のチームが
不祥事を起こして甲子園出場を辞退するって事は判りますが、部員の一人が死んだと
いう事での辞退は無いと思います。 小沢さんを殺した犯人は絶対に僕達の中にはい
ないと僕は信じています。 だから、これは不祥事じゃないんです。 だから、出展
辞退は納得出来ません。 部活は続けさせて下さい。 これは僕ら全員の意見です」

 竜崎、竹内、梅本を除く全員が竹田女史に向かってうなずいた。 竜崎はもともと
部外者で、部活が中止になろうがどうなろうが知った事かと客観的に見ていたし、竹
内もなりゆきで映研部に参加しているけれど、魂を売った訳ではないので中止になっ
たところで痛くもかゆくもない。 梅本もどちらでも別に構わないという涼しい顔で
なりゆきを見ている。


 「先生、もし今回の事件が映研部か演劇部に恨みを持った人の犯行で、部活を邪魔
する為のものだとしたら、ここで部活を中止するという事は犯人の思うつぼだと思う
んです。 だから、そんな卑劣な犯人に屈しない為にも部活を続けさせて欲しいんで
す。 お願いします」
 本谷真智子が立ち上がって言った。
 「判りました。 あなた方の気持ちはよくわかりました。 しかし、小沢さんの事
は殺人事件で警察も介入しています。 私の独断ですぐにという訳にはいきませんが、
校長先生、教頭先生ともよく相談した上で出来るだけ早く再会出来るように努力しま
しょう。ねえ、竹田先生」
 竹田女史は隣で立っている夫の竹田教諭に相づちを求めた。
 「ああ、とりあえず職員会議にかけてからの事になると思うが、君達の気持ちをよ
く伝えて、早く再会出来るよう頑張ってみる。 心配しないでくれ」
 竹田教諭も竹田女史に同調したように熱っぽく言った。
 「そういう事ですから、今しばらく待って下さい。 それから、今夜、小沢さんの
お通夜があります。 これには私と竹田先生が行ってきますので、皆さんは明日のお
葬式に出席して下さい。 よろしいですね」
 竹田女史が言い、川勝がうなずいて座った。
 「それじゃ、今日は帰りましょう。 慣れない事情聴取で疲れたでしょうから早く
帰ってゆっくり休んで下さい。 あ、あの、校門にはあいかわらずハイエナみたいな
マスコミが大勢たむろしているようです。 皆ばらばらになって知らん顔をして出る
ようにして下さい。 何を聞かれても関係の無い顔をしてすみやかに通り抜けて下さ
い。 間違っても演劇部、映研部員などと言わないように」

 竹田女史が注意をし、全員立って帰り支度をする。
 「それじゃ帰ろう」
 皆で揃って職員室を出、室前でばらばらに分かれた。 梅本は一人で校門に向かっ
たが、すぐに本谷真知子が追いかけて来た。

 「梅本君、一緒に帰らない」
 「ああ、帰ろうか」
 二人並んで歩きだした。
 「小沢さん、かわいそうね」
 「……うん」
 「映コン……参加出来るのかな」
 「出来るよ、たぶん。 去年の実績がもの言ってるみたいだし、六十周年祭でもメ
インの演し物になってる作品を外したりしないだろ」
 「それならいいんだけど、……あのね、梅本君、もし撮影が続けられるんだったら、
小沢さんには悪いんだけど、私、絵里衣役やりたいな」
 「絵里衣役ってそんなにいいのかな」
 「そりゃ、やっぱり主役だし、もし映コンでグランプリ取ったら、グランプリ作品
のヒロインでしょ、やりたくない訳ないもの。 でも、それだけじゃないの」
 「?」
 「刻緒役によるのよ。川勝君が刻緒役だったら、私死んでもいやだもの」
 「はは」
 「刻緒役、梅本君だから……」
 「…………」

 古い旧校舎の廊下をエントランスホールまで歩いて、正門を出たとたんに正門前で
待ちかまえていたマスコミのカメラマンが一斉にシャッターをきった。 記者達が走
って来て二人を取り囲む。
 「君、梅本君やね!」
 梅本はいきなり名前を呼ばれて驚いた。
 「え、いや」
 「判ってるんや、刻緒役の梅本君やろ」
 記者達は、もう映画の役名まで調べていた。
 「…………」
 「絵里衣役の小沢真智子が殺されたけど、どう思ってる?」
 小沢真智子を呼び捨てにされたのが頭に来た。 こんなやつらには口をきく気も
起こらない。 かまわずに正門を出て歩いた。 記者達は二人を囲んだまま付いて
くる。 さかんにカメラのシャッターがきられ、ビデオカメラが回されて、マイク
が突きつけられる。
 「君は小沢真智子の恋人やったんやろ?」
 「この娘は? 三人マチコの一人?」
 「君、名前は?」
 記者達はうつむいて顔を隠したままの本谷真知子に強引にマイクを突きつけた。
 マスコミにしてみれば美貌の女子高校生が劇の中の筋書き通りに死んだという事
自体が話題性充分だし、その上、相手役がこれまた美貌の男子生徒だとなると、も
し、二人の中が深くて、しかも、小沢真智子の死が二人の恋愛と関係があったとす
れば、さらに大きな話題になる。 ゴシップ紙や三流紙が見逃す筈がない。 取材
がしつこくもなろうというものだ。 記者達は二人を取り囲んで足止めするように
して強引な質問を執ように浴びせかけてきた。 梅本は頭に来てなんとか連中を振
り切ろうとするが、集団で囲まれた為どうにもならない。
 「もしかして、君が絡んだ三角関係の成れの果て?」
 「君は嫉妬してましたか?」
 記者達の質問はいよいよ遠慮会釈無しに本谷真知子に迫ってくる。 本谷真知子
はおびえてますます顔を伏せた。
 「君、何とか言ってよ」
 「君、本谷真知子か森真智子かどっちやねん」
 とうとう容疑者を問いつめる刑事のような口調で迫ってきた。 本谷真知子は泣
きだしそうになったが、梅本はどうしようもない。 色男、金と力はなかりけり、
と言うが、まさに梅本にはこれだけの多勢を相手に立ち回りの出来る程の力は無か
った。
 「はっきり言ってよ! 君はどっちのマチコなん……や、う、わわっ」
 執ように本谷真智子に食い下がっていた記者がいきなり宙に浮き、そのまま一回
転して道路に落ちた。
 「ぐへっ」
 踏みつぶされた蛙のような声を出してのびてしまった記者の横で竜崎がぱんぱん
と手を叩いている。 色男でない分、力は有り余っているのだ。 さらにその横で
竹内が記者達を睨みつけており、その腕には国領香代子がやはり怒りのこもった目
を記者達に向けてしがみついていた。
 「な、なんだ、君達は」
 「取材を妨害するかっ」
 「報道の自由を侵害する気か」
 記者達は口々に勝手な事を言って竜崎、竹内にくってかかり、そのうちの一人、
事件記者で腕に覚えのある者が竜崎の胸ぐらを掴んだ。 だが、その記者も一瞬の
後には道路に叩きつけられていた。 竹内は呆然と立ちつくす記者達を押しのけ、
囲まれていた梅本と本谷真知子を引っ張り出す。 そのまま竹内は梅本達を地下鉄
方面へ逃がし、記者達がそれを追いかけれないのを見届けてから、悠々三人で
“ギン”へ向かった。




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憂想堂
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