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翌朝は朝から雨が降っていた。
雨の中を小沢真知子の葬儀が取り行われ、映研部、演劇部の部員達全員が参列し
斎場まで行き、最後のお別れをした後、皆は帰路についたが、その時、傘をさし
大門警部補はそんな二人の後ろ姿を渋い顔をして見送っていた。
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雨に濡れて署に戻った大門警部補は、昨日の事情聴取書類に目を通していた。
た。 ここにもマスコミが押し掛け、雨の中で傘をさしてカメラを構えたり、ビニ
ールのカッパを頭から被って、やはりビニールを被せたビデオカメラを回している。
式次第が進み、最後に棺を霊柩車に乗せる時になると、女生徒達は肩を寄せ合っ
てすすり泣きをもらしだし、葬式も佳境に入った。 上山朱美は声を出して泣きな
がら見送ったが、本谷真知子と森真智子は表情を変えなかった。
た梅本のところに本谷真知子がやって来て、自分の傘はささず、梅本の傘の中に入
った。 カメラマン達はその二人の姿を見て一斉にシャッターを切ったが、すぐそ
ばに竜崎と竹内の姿が見えたので近寄らなかった。
しばらく読んでいたが、首を傾げて、得居刑事に聞く。
「おい、あの部室で小沢真知子にコーヒーを入れたんは誰や?」
「は、ええと……」
得居刑事は慌てて自分のメモを見直し、
「本谷真知子です」
と、答えた。
「やっぱりな」
「何か判りましたか?」
「何かて、さっき見たやろ、本谷真知子が梅本とあいあい傘で帰って行くのを」
「はあ、見ましたが」
頼りない返事をする得居刑事を目だけで睨みつける。
「どう思うた」
「はあ、高校生のくせに生意気な真似をしやがってと思いましたが」
「何を見てたんや」
「は?」
「ええか、小沢真智子は梅本に惚れとった。 これは皆が証言しとる。 否定はし
とるけど梅本にしたかてまんざらやなかったやろ。 陰でこそこそつき合うとった筈
や。 小沢真智子と肉体関係を持っとったんは梅本に違いない。 それを知っておも
しろないのは誰や?」
「それは、梅本に惚れてた女は皆と違いますか」
得居刑事は何を当り前の事を聞いてくるのかという顔をして答える。
「そや、梅本に惚れてた女や。 仮定Aのパターンやな。 そのAを本谷真知子や
と想定してみい」
「…………」
「本谷真知子は小沢真智子に勝るとも劣らんくらいのべっぴんやし、皆にも人気が
ある。 表面上は仲良かっても、内面では互いにライバル視しとったやろ。 ヒロイ
ン役にしても、小沢、本谷、どちらがやったかておかしない。 本谷も自分がやりた
いと思とった筈や。 ところが、配役の発表があって、ヒロイン役を小沢に取られて
しもた。 これは悔しいやろし腹も立つ。 しかも、かねてより惚れていた梅本が主
役で、映画の仲ではラブシーンまでやりよる。 脚本見たけど、なんとキスシーンま
であったぞ、高校生の分際で」
「本谷真智子の嫉妬ですか」
「そや、その上、梅本めは役得でくっついてるうちに肉体関係まで持ちよった」
「はあ、けど、それをどうして本谷は知ったんでしょう?」
「三人マチコは表面上は仲良かったんやぞ。 お喋りしてる時、はずみでポロッと
言いよったかもしれんし、ライバルやったら、わざと言うて優越感に浸っとったかも
しれん」
大門警部補は自分の推理に自分でうなずきながら話す。
「なるほど、けど、それやったら森真智子にも同じ事が言えるのと違いますか?」
「阿呆、おまえはさっきの葬式で何を見とったんや」
「あいあい傘ですか」
「普通、自分の友達が死んで三日目でその友達の男にいきなりちょっかいかけたり
するか? 今日の本谷真知子の態度はかなり以前から梅本に思い入れしとって、それ
が、小沢真智子ていう邪魔者がいおらんようになって、ほっとしてくっついて行った
っていう感じやったやないか」
「はあ」
「それに比べて、森真智子は梅本の方を見もしよれへんかった」
「なるほど、じゃ、やっぱり本谷が臭いですね。 ……ん、……?」
得居刑事は大きくうなずきながら聞いていたが、ふと首が止まって考え込む。 し
ばらくしてから、おずおずと言い出した。
「あの、それやったら、本谷はどうやって小沢を殺したんですか? 部室を閉めて
る間、本谷は旧講堂を出なかった筈ですし、それに、部室での本読みの時も本谷は小
沢より入口側にいてました。 出しなに毒を放り込んだりも出来へんと思うんですが」
「小沢にコーヒーを入れたんは本谷やぞ」
「しかし、そのコーヒーを最初に一口飲んでますが、その時は何ともありませんで
したけど」
「コーヒーを入れた本人やったら、カップの片側のふちに毒を塗り付けるとか、何
らかのトリックをする隙は充分にあったやろ。 どちらか一方から口を付けた時のみ
に毒がコーヒーに混ざるとか」
「なるほど、そういう手がありましたか」
「初歩的なトリックやないか」
大門警部補は胸を張る。
「それをする事が出来たのは本谷真知子しかおらへん」
「動機もはっきりしてるし、犯行のトリックも判った。 犯人は本谷真知子ですね。
引っ張ってきましょうか」
得居刑事は勇み立った。
「そやな、署に連れてきて、もう一度事情聴取ていう形で尋問しよか。 梅本や森
と違うて本谷は素直そうやし、ちょっと突っついたらすぐに落ちよるやろ」
「証拠固めは?」
「後でええやろ。 とりあえず、学校に電話入れて本人を押さえといてもらお」
「はっ」
得居刑事が勢いよく立ち上がる。
ざっとこんなもんやと大門警部補、満足そうにうなずいたところへ机の上の電話が
鳴った。
「あーもしもし、何? ああ、つないでくれ」
受話器を耳に当てながら、立ち上がった得居刑事を手で制する。
「ええタイミングや。 向こうから電話がかかってきた。 あーもしもし、大門で
すが。 あ、校長先生ですか。 先ほどはどうも。 −−え? はい、はい、−何?
ほんまですか! −−よっしゃっ、すぐ行くっ」
言い捨てて、勢いよく受話器を叩きつけた。 部屋の他の刑事達が何事かと一斉に
振り向く。
「得居! すぐ行くぞっ、毒の出所が判った!」
「毒ですか。どこです?」
「学校や、行こ!」
二人は書類のコピーと捜査資料を小脇に抱えて、刑事部屋を飛び出して行った。