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大門警部補はすぐにやって来た。
「本谷真知子がおらんようになったやて? 逃げよったんと違うんかいな」
「逃げた? どういう事です」
松嶋が突っ込んだ。
「教頭先生の言うところの証拠はまだ上がってませんがな、犯人は本谷真知子にほ
ぼ間違いないんや」
「何をまだそんな事を」
「ええですか、先生。 わしらは事件からこっち、ずっと本谷真知子をマークして
たんや。 ほんなら、やっぱり梅本とくっついていきよった」
「尾行してたんですか」
「逃がさんようにな。 おかげで梅本とのラブシーンをよう見せつけられましたわ」
「何という事を」
「そこまでしてたのに、まさか校内におる間は大丈夫やろうと思てたのに、あんた
らはいったい何をしてましたんや」
「本谷真知子は犯人じゃありませんよ」
「ほお、それは推測ですかな」
大門警部補は顎を突き出すようにして皮肉っぽく鼻で笑った。
「残念ながら、あなたの捜査同様に確証はありませんが、しかし、今回の行方不明
は、もしかしたら本谷が被害者になっているのかもしれないんですよ」
「逃げたんや。 いや、あんたらが逃がしたんと違うか」
松嶋はもう阿呆らしくなって返す言葉も無くなった。
「まあそれは、どう想像されようと勝手ですが、とにかく今は本谷を見つける事が
先決でしょう」
「ふん、見つけて、今度こそは白状させたる。 よっしゃ、そしたら、どこから、
どうおらへんようになったんか説明してもらお」
松嶋と、もうすっかりうろたえてしまっている竹田女史は大門警部補を舞台右の袖
部屋に案内し、状況を説明した。
警察は私服制服併せて約三十人の警官を動員して旧講堂全体を調べたが、本谷真知
子は見つからなかったし、どこから出て行ったのかも判らなかった。
「また密室ですね」
得意刑事が言った。
「阿呆。 密室なんてもんが有り得るか。 何かの錯覚かトリックがあるんや。
うまい事わしらの目をごまかしてるつもりでも、そうはいかんぞ」
大門警部補は、おのれ、とばかりにいきり立った。
「竹田先生。 先生は本谷真知子か袖部屋に入って行くのをずっと見てたんですな
?」
「はい、見てました」
「確かに入りましたか?」
「はい、入りました」
「ふん、ほんまかな? 実は袖部屋には入らずに、もう少し右の方の舞台部屋出入
り口から、外に出て行ったんと違いますか?」
「何ですって! そんな事はありませんっ。 確かに、あの扉から部屋の中に入る
のを見てました! それに、見ていたのは私一人じゃあれません。 梅本君も一緒で
した」
「それが怪しい。 梅本は本谷真知子と出来てたからな。 本谷が危なくなってき
たんで逃がしてやろうと、一芝居打ったとも考えられるで」
「そんな事はありません!」
竹田女史の声が怒りで裏返った。
「何より、私がそんな事は一切しておりませんっ!」
「判った、判りましたがな」
大門警部補はこの女史のヒステリーにはついていけんわいと、顔を背け、渋い顔を
しながら腕を組んで天井を見上げた。
「梅本が共犯やったとしたら、何もかもつじつまが合うな。 梅本と小沢は以前か
らつき合うてたが、最近、本谷に乗り換えた。 小沢は納得せんで、梅本にしつこく
復縁を迫る。 うるさくなった梅本は、やはり小沢を邪魔だと思っていた本谷と組ん
で、小沢殺害を計画、実行した。 直接手を下したのは本谷やが、薬品の入手とか、
下準備は梅本がやった。 計画は見事成功したかに見えたが、次第に警察の捜査の手
が伸びてきて、逮捕は時間の問題やと悟った本谷は逃亡を計画した。 いきなり逃げ
たのでは、すぐに感づかれ、捕まってしまうと思ったので、本谷は、ここでまた梅本
と共謀。 一見密室のトリックを使って被害者を装い、警察を混乱させておいて、そ
の間に高飛びしようという腹や」
大門警部補は自分の推理に酔っているかのように薄目に瞼を閉じて喋り続ける。
その前で竹田女史はうろたえているし、松嶋教頭は勝手に喋っておけとばかりにそっ
ぽを向いている。 竜崎と竹内はそんな様子を少し離れて見ていた。
「梅本が共犯やったら、この密室のトリックも簡単に解けるやないか。 本谷が袖
部屋に入ってから、しばらく経って、梅本も追って入った。 それは打ち合せする為
と、本谷を一時的に部屋の何処かに隠す為や。 そして、梅本は本谷の姿が見えんよ
うになったと芝居を打つ。 それに乗せられた竹田先生がですな、袖部屋に入って行
く。 おそらく、入口付近に隠れていた本谷は、竹田先生が背中を向けた隙にでも入
口から出て、梅本の前を通って、講堂から出た。 梅本はしめし合わせていた通り、
本谷を見てないと言う。 先生方はこれですっかり騙されて、密室のトリックが出来
上がってしもたんですな」
「なるほど」
得意刑事が感心して何度も相づちを打つ。 放っておけば拍手でもやりかねない様
子だ。
「そういう事やな。 よっしゃ、梅本をしょっぴこ」
「あの、刑事さん」
松嶋が、さあ意見を挟んでやろうとしていた寸前に、竜崎が出てきた。 立ち上が
りかけていた松嶋はずっこけた。
「何や?」
大門警部補はなんとも嫌な顔をした。
以前にも、こうして自説をまくしている時に竜崎が横から口を挟み、気勢をそがれ
てしまった事がある。
高校生のくせに、やけに落ち着いていて肝が座っているし、臆面もなく意見を挟み
込む。 それも結構的をえているだけにやりにくい。 大門警部補にとって、この竜
崎は苦手な存在である。
「刑事さん、今、本谷は逃亡する為にトリックを使って我々の目を混乱させたと言
うてはりましたが、単に逃げる為だけやったら、何も密室トリックなんて面倒な真似
せんでも、刑事さんらの隙をついて逃げたらええ事と違いますか」
「わしらは尾行してたんや。 そうおいそれと逃げられんわい」
大門警部補は胸を張って言ったが、
「本谷は刑事さんらに尾行されてた事を知ってましたか?」
と切り替えした。
「え? いや、それは………」
「まさか犯罪捜査のプロたる刑事さんらが、たかだか高校生の女の子に見破られる
ような尾行はしてませんやろ」
「う、それは……その通りや」
大門警部補は竜崎が大の苦手である。
「それやったら、目を眩ませようなんて考えへんと思いますが」
「それは………」
「それに、警察の目を眩ませるのが目的やったら、こんな校内なんかでせんと、刑
事さんらの見てる前でした方が効果的なんと違いますか?」
「…………」
「それと、ここは校内です。 校内で姿を消しても、逃亡する為には校外へ出なあ
きません。 今日は刑事さんらの張り込みは付いてませんでしたか?」
「……付いてた」
大門警部補の顔が渋り切ってきた。 竜崎はさらにたたみかける。
「そしたら、講堂を出て、校外に出て行く時に刑事さんらに見つかってしまうやあ
りませんか。 それとも、簡単に見失ってしまうような張り込みをしてはりましたん
か?」
「刑事かて人間や。 見失う事もある」
「僕はトリックなんか使う必要は無かったと思うんです。 それがわざわざ密室ト
リックみたいな形になってるのは、逃亡の為やなくて、何か別の事件が起こって、そ
れに本谷が巻き込まれたんやないかと思うんです」
逃亡ではないのに姿を消した、という事は本谷の身に何か起こったに違いないと竜
崎は考えている。 それを、この馬鹿刑事は、と竜崎は思った。
「何か別の事件て何や?」
「それは判りませんけどね、本谷に何か起こってるのは間違いないんと思うんです
わ」
「私も竜崎の言う通りやと思います。 推測もよろしいが、とにかく本谷を早く捜
さないと」
松嶋も竜崎に同調して言った。 大門警部補につき合っていると進む捜査も進まな
い。
「よっしゃ、どっちの意見が正しいかは、捕まえてみたら判る事や。 一刻も早よ
本谷を捜そ。 そやけど、梅本は連れて行くで、重要参考人としてな」
「まだ任意ですよ」
松嶋が釘を刺した。
「判っとる」
梅本の場合、あの性格からして、そう簡単に誘導尋問に引っかったり、自白を強制
されたりする事は無いだろうと思っていたので、さほど強引に取調べを阻止するつも
りはな無かった。
本谷真知子の捜索は深夜まで続けられたが、ついに発見する事は出来なかった。
例によって、報道陣が大勢やって来て学校を取り囲み、取材をさせろと騒ぎ立てた
が、学校側は頑として受付なかった。
梅本は大門警部補に阿倍野署に連れていかれ、竹田女史が同行した。
竜崎と竹内、松嶋は一睡もせず、学校で夜を明かした。