〈21〉




              [美しい妖婦]

 1

 翌朝の新聞は各社とも大見出しで本谷真知子の失踪を掲載した。
 小沢真智子殺害がまだ解決していない同じ高校で、また密室事件が起こった。
 そして、消えたのは美貌の三人マチコの一人。 しかも、小沢真智子の後に主役に
ついた女生徒、となれば、マスコミが騒がない筈がなかった。

 『工芸高校、密室の怪?』
 『美人女子高生、二人目は失踪』
 『女生徒行方不明、殺人事件と関連か?』

 派手派手しくタイトルの付けられた三流紙が飛び交う。
 本谷真知子の顔写真が載せられ、前回の小沢真智子に勝るとも劣らない美しさが読
者の好奇の目を引いた。

 今回の報道陣への発表は警察も苦慮した。

 行方不明事件として発表するなら、実名を出しても良い訳だが、小沢真智子殺害の
容疑をかけられての逃亡なら、少女Aにしなければならない。 しかし、容疑はあっ
ても確証が無いのだから、まだ殺人事件との関連で発表する事は出来ない。 といっ
て、実名を出した場合、もし後になって本谷真知子が犯人だと判れば、その時点で少
女Aにしても、以前に実名が出てしまっているのだから、その時点でいくら匿名にし
ても遅いんじゃないか、という事になる。 そうなると少年法がうるさい。
 発表を前に迷っていたが、現時点では、殺害容疑は無かった。 警察としても判ら
なかった。 だから実名を出した。 ところが、捜査を進めていくうちに犯人として
判明したので、あらためて実名を伏せた。 警察としてはあずかり知らぬところだっ
たのだからしょうがないではないか。 という事にしておけば、後で突き上げられて
も言い訳が立つ、という大門警部補の意見が通り、実名での発表となった。

 ところが、発表の場で、記者団から、殺人事件との関連を追求された刑事課長は、
本谷真知子に容疑が掛かっており、捜査中である由を匂わせてしまった。
 それを取り、一部の新聞では未成年者を実名で容疑者扱いにして報道してしまった
からいけない。
 教頭松嶋は烈火のごとく怒り、警察へねじ込みに行ったが、そんな発表をした覚え
は無い、知らぬ存ぜぬで押し切られ、奥歯が折れるかと思うほどに歯ぎしりしながら
帰って来た。

 本谷真知子の捜索は続けられていたが、何の手がかりも掴めないまま一日が過ぎて
いった。
 学校の周りにはテレビカメラやレポーターがひしめきあい、登下校する生徒達を捕
まえては、やたら猟奇的な質問ばかりを浴びせ続けている。 それを受けて生徒達も、
旧講堂の壁から発見された白骨死体の事やおそらくその死体が主であろうと言われて
いる幽霊騒ぎの事などを事細かに喋ったものだから、さあマスコミは益々の大喜びで、
今回の事件は過去の怨念が幽霊という形で蘇って、ひき起こしているものであると、
これまたおどろおどろしく猟奇的に書き立て、発行部数を大幅に伸ばした。

 校長はしょげ返り、竹田女史も呆然自失に陥っていたが、唯一人、梅本だけは強か
った。
 阿倍野署に連れていかれ、取調べ室で、脅迫まがいの追求を受けたが屈せず、あら
ゆる誘導にも虚言にも乗せられず、反対に警察側に拘束の為の令状の提示を求め、も
とより無い令状を提示出来る筈もない刑事に、では帰らせてもらいますと言い、あっ
さりとそして悠々と帰ってきたのだった。
 大門警部補は怒りのあまり、青筋を立てて卒倒しそうになっていた。
 こうして、本谷真知子が消えてから、丸一日経ったが、捜査には何の進展も無かっ
た。

 ところが、この日の夜、ちょっとした異変が起こった。
 警察の捜査陣も、校外の報道陣も引き上げてしまった午後九時頃、後釜公務員が、
定時の見回りで旧講堂の前まで来た時、旧講堂の中から、若い女性のすすり泣くよう
な声が聞こえてきた。
 用務員は不審に思い、旧講堂の中に入ったが、何も発見出来ず、その上、すすり泣
きの声が陰に篭って地の底から沸き上がるように聞こえてきたので恐ろしくなり、大
急ぎでその場から逃げ出し、警察に通報した。
 すぐに警官がやって来て、旧講堂を調べたが、その時には何も聞こえず、何も発見
出来なかった。 用務員のそら耳だろうという事で警官は帰ったが、用務員は、あの
声は殺された小沢真智子の幽霊だと言って、恐ろしさのあまり寝込んでしまった。

 その翌日、朝一番に旧講堂の演台にセットの確認に来た演劇部部長川勝恵一が、入
口扉の鍵を開け、中に入り、さらに、演台側への扉の鍵を開け、中に入ったところ、
舞台の上に何か白い物があるのに気が付いた。
 何気なく見てみると、白く見えたのは、横たわった女生徒のまくれ上がったスカー
トから出ていた裸の脚だった。

 本谷真知子は舞台の上で死んでいた。
 倒れている姿を真上から見ると、まるでジャンプして宙に飛んでいるところをスト
ップモーションで見ているような格好だった。
 髪ははね上がり、両手は肩よりも高く上げ、脚は開いて両膝とも曲がり、スカート
はまるで跳ね上がったようにまくれ上がっていた。
 そのスカートの下に見えている下半身には何も付けておらず、眩いばかりの白い肌
をした下腹部と脚が旧講堂の古びた空気に晒されていた。


 大門警部補と得意刑事は、最初、その姿を見ながら何度も生唾を飲み込んでいたが、
そこはやはり警察官であるので、すぐに職務に気付き、洞察を始めた。
 「なんでや? なんで本谷真知子が殺されやなあかんのや?」
 「やっぱり本谷は犯人やなかったんですかね」
 「そんな事は判らん!」
 舞台の上に立ち、忙しそうに動き回る。
 「死因は?」
頭ごなしに検死医に聞いた。
 「絞殺みたいですね」
 「こんな所で首絞められよったんか?」
 「いえ、それが、解剖してみないとよく判らないんですが、犯行場所はここではな
く、何処か他所で殺されて、丸一日は経過してから、ここに運ばれたみたいなんです」
 「何ぃ! 他所で殺されて、わざわざここまで運び込まれた?」
 「ええ、死後、移動された形跡があるんです」
 「うーん? 今までさんざん捜しても見つからんかった害者を殺して、しばらく経
ってから、わざわざ発見されやすい場所に運んで、置いた。 どういう事や?」
 「死体を早く発見させる必要があったからやないですか?」
 「どんな必要や?」
 「さあ……?」
 「ふん、まあそれはゆっくり考えるわい。 それより、害者はなんで下着をつけて
ないんや。 乱暴された形跡はあるんか?」
 大門警部補は本谷真知子の裸の下腹部を覗き込みながら言った。
 「あるみたいなんですが、ちょっと……」
 検死医は首を傾げる。
 「ちょっと? 何や」
 「いや、これもよく調べてみないとよく判らないんですが、直接性交された、と言
うより、何か性器に猥褻行為をされた、という方がいいような感じなんです」
 「猥褻行為?」
 「ええ、性器にちょっと傷が付き過ぎています。 普通、男性性器での交渉なら、
いくらやっても、こんな傷の付き方はしません」
 「ふーん、ほな、何でやったんや?」
 「それは調べてみないと……」
 「ふん」
 大門警部補は腕を組み、天井を見上げて考え込んだ。

 ほどなく、本谷真知子の遺体は担架に乗せられ。 解剖の為に警察病院に運ばれて
行った。
 「警部補」
 得意刑事が捜査ノートを持ってきた。
 「死体発見前後の現場の状況をまとめてみたんですが」
 「ふん、どないや」
 「えー、まず、昨日は午後九時頃、用務員がこの旧講堂で変な声を聞いたとかで、
警察に通報」
 「変な声? なんや、それ」
 「女の泣き声やったそうです」
 「本谷の声やったんか?」
 「いや、それが、すぐに署から何人か来て、この場をくまなく調べたんですが、誰
もいませんでしたし、何も発見できませんでした。 それに、この場所は鍵がかかっ
ていて、誰も入れる状態ではなかったという事です」
 「ふん」
 「幽霊でしょうか」
 「阿呆、この近代の世に幽霊なんか出るか」
 「あの幽霊騒ぎはかなり本物っぽいですよ」
 「どうせここの阿呆生徒どもがおもしろがってある事ない事作り上げとるだけやろ」
 「この講堂の壁から白骨死体が出てますからね」
 「ふん、しょうもない」
 「で、その時なんですが、署員が舞台を見た時には死体はありませんでした」
「…………」
 「捜査を切り上げて引き上げる時、入口には外側から鍵をかけました。 これはう
ちの署員が確認しています。 その鍵は用務員室の鍵庫に戻しました。 用務員の話
では、それ以後、今朝、演劇部員が取りに来るまでは、この鍵はどこにも出なかった
そうです。
 他に出口はありませんので、昨夜、鍵を閉めてから、今朝、演劇部員が開けるまで、
この旧講堂は密室状態だったという事です。 その密室にいきなり死体が現れたとい
う事になります」
 「おまえはよっぽど密室が好きなんやな。 そんなもん合鍵持ってたらなんぼでも
開けられるやないか。 それに、合鍵なんかなかっても、第一発見者の演劇部員、あ
いつが鍵を開けてから死体を運び込んで、それで初めて見つけたふりをして騒ぎよっ
たんかもしれんやないか」
 「あ、そうですね」
 「密室のトリックなんてものは人間の盲点をちょっと突いただけで簡単に出来るも
んや。 惑わされたらいかん」
 「判りました。 そしたら、あの演劇部員をよく調べてみますか」
 「そないしょ。 それと、死亡推定時間が出たら、梅本のアリバイを調べてみてく
れ。 絶対にあいつが絡んでる筈や」
 「はい」
 得意刑事は舞台から降り、旧講堂を出て行った。
 大門警部補は渋い顔をして、舞台床に白く描かれた死体のアウトラインを見おろし
た。


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