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マスコミは大喜びをした。
同名の美人女子高生の連続殺人事件。
ゴシップやスキャンダルばかりを専門に取り上げる公開レポート番組やワイドショ
警察が本谷真知子に疑いを持ってマークしていたにもかかわらず、行方不明にして
大門警部補の機嫌は最悪だった。
「本谷真知子が舞台右袖部屋に入って行ったのは九月二十四日、午後四時二十分。
大門警部補は報告書を置いて、会議テーブルの前に音を立てて腰を下ろした。
映コン作品の撮影で、同じ主役に選ばれた途端に殺された。 しかも、両事件共、
犯行現場が密室状態になっていた。 警察が捜査に入っている最中の大胆な犯行、等。
テレビ、新聞等のマスコミ媒体が目の色を変えて飛びつく要素ばかりを含んでいたか
らだ。
ーは事件に猟奇的な脚色を付け、司会者やレポーター達に誇張した喋り方をさせて放
送したし、ゴシップ紙や三流地方紙は、下着が脱がされていた事を重点的に取り上げ、
読者に性的好奇心を起こさせるような見出しをつけた。
当事者の立場からすれば唾棄すべき内容なのだが、読者、視聴者は、トリックに凝
り、色気を盛り込んだ推理小説でも読む感覚で事件を楽しんだ。
そのうえの幽霊騒ぎである。
実行不可能ではと思われる現場状況から、これは旧講堂から発見された白骨死体の
幽霊が起こした祟りに違いないと書き立てる三流紙まで出てきたから、もう手におえ
ない。
三人マチコのうち、二人が順番に殺されたのだから、次は残る一人、森真智子が殺
されるのではないか、という噂もささやかれ始めた。
しまい、殺されてしまったという事で警察非難の声も高まり、警察は汚名を挽回すべ
く、府警本部から腕ききの捜査員を阿倍野署に派遣し、工芸高校連続殺人事件特別捜
査本部を設立した。
警察署長からは罵倒されるし、記者やレポーターからは無能と叫ばれる。 その上、
府警から自分より一回り以上も若い刑事達がやって来て、建前上、自分が主任という
事になっているが、実質的にはその捜査方針に従わなければならなくなったのだから、
気分の良い筈がない。 苦虫を噛みつぶしたような顔をしながら、二人の派遣刑事の
前で捜査報告をしていた。
それ以後、誰もその姿を見ておりません。 警察に通報があったのが同日午後四時五
十分。 我々は捜査の為、工芸高校に居りましたので、連絡を受け、現場に到着した
のが午後五時丁度。 同日は翌午前三時まで捜索しましたが、手掛かり無しのまま捜
索打ち切り。 九月二十五日は午前九時より午後五時まで捜索、及び聞込み捜査。
手掛かりは発見出来ませんでした。 ただ、同日午後九時、旧講堂で女の泣き声を聞
いたという用務員からの通報が入り、署員が調べに行きましたが何も異常はなく、そ
のまま帰署。 翌九月二十六日、午前八時五分。 演劇部員、川勝恵一が旧講堂に入
ったところ、舞台上に本谷真知子が倒れているのを発見。 通報したという次第です。
概略は以上。 次は検死報告ですが、死因は頚動脈圧迫による脳酸欠死、絞殺ですな。
細いヒモのような物が凶器と思れます。 死亡推定時刻は二十四日午後五時から七時
までの間。 失踪した直後にはもう殺されていたと思われます。 死体は死後約一日
半放置されていたが、その後、移動させられた形跡がありました。 つまり、他の場
所で殺しておいて、わざわざ旧講堂まで運んできて置いたという事です。 着衣は、
上にコットンシャツ、下にプリーツスカートと乱れはないのですが、スカートの下に
は何も着けておりませんでした。 犯人に剥ぎ取られたものと思います。 犯行時刻
前後の性交渉は無し。 ただし、死後、性器に指のような物を突っ込まれ、かき回さ
れた跡がありました。 性器周辺には男性精液が付着しております。 ちなみに、被
害者は処女ではなく、膣の中からも、数日前のものと思われる精液が発見されており
ます。 この両方の精液から判定した血液型は共にO型であります。 それから、被
害者のツメの間から、襲われた時か、殺された時に犯人をかきむしったと思われる皮
膚の一部が検出されました。 この皮膚からの血液型鑑定もやはりO型でした。 細
胞検査の結果は男性のものと出ております。以上ですが」
それを待っていたかのように、それまで報告を聞きながらメモを取っていた府警本
部からの派遣刑事、成田徳次が意見を出してきた。
「警部補。 今までの報告を聞いておりますと、どうも第一の殺人事件、小沢真智
子殺害の捜査から根本的な誤りがあったように思います。 それと犯人の特定が早過
ぎた。 本谷真知子一人に捜査の目が集中してしまった為に他方面への捜査がおろそ
かになってしまい、真事実を見逃すはめになったのではありませんか」
大門警部補にとっては一番痛いところだ。 自分でもよく判っているだけに言い返
す事が出来ない。
「現場検証報告を見れば、もっと幾通りもの犯行パターンが推測されます。 早い
時期にひとつに絞ってしまわず、全ての可能性を捜査すべきだったと思います」
大門警部補の顔が赤黒く引き攣る。
何をこの若造が! と口に出してしまいそうになるのを必死になって押しとどめる。
大門警部補にしても、彼なりのベストは尽くしてきた。 決して投げやりに仕事を
するタイプではない。 ただ、その性格と官僚機構に染まり過ぎた態度ゆえに、見え
るものも見えなくなっていまっているだけなのだ。 もっとも、その性格的欠陥に本
人が気づいていないところが、一番の敗因なのだと言えるのだが。
「−−−従いまして、今後、捜査の進め方としては、もう一度最初に戻り、小沢真
智子殺害から全ての捜査をやり直していきたいと思います」
今までの自分の捜査を全て無視されたと思った大門警部補は頭に血が上り、その後
の成田刑事の意見はほとんど耳に入らなかった。
「−−−では、毒物混入の方法として、どんな手段が考えられるか、皆さんの意見
を聞かせていただきたいのですが−−−」
成田刑事は慣れた手順で、捜査方法を指示していった。