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「竜崎君」
本谷真智子殺害から丁度一週間経った九月の下旬、昼休みの時間に竜崎が道場に一
人でいるところに森真智子が声をかけてきた。
「部活が今日から再開されるのよ」
「知ってる。 昨日職員会議で決まったんやろ」
成田刑事の熱血青春談話が通ってしまったのだった。
「それでね、今度の絵里衣役はね」
「森さんか」
「そう」
「良かったな、と言うべきか、気いつけや、と言うべきか」
竜崎はかなりの皮肉を入れて言ったつもりだったが、森真智子は軽く笑って、
「二人のマチコには悪いけど、こうなるように出来ていたんだと思うの」
と言った。
「ん?……どういう事?」
「私の思惑通りに事が動いているから」
「二人が死ねばいいと思ってたんか?」
「梅本君に近づく人はね」
森真智子は妖しい瞳で笑いながら言う。 なんと恐ろしいやつめ、と竜崎は背筋に
寒いものを感じた。
「?……あの、森さん、あんた、あの二人が死ねばいいなんて誰かに言うた事ある
か?」
「……ううん、……いえ、ある……な」
「誰に?」
「竹田先生」
竹田悦郎にはアリバイがあるし、二人を殺す動機も度胸も無いだろう。
「それ以外には?」
「ううん、誰も」
竜崎は大門警部補の真似をして腕を組み、天井を見上げた。
森真智子には確かに、彼女を見る男の目を捕らえて放さない妖艶な色気がある。
まともな感覚を持った男なら誰もが一度は抱いてみたいと思うだろう。
だが、その色気をもってしても、目の眩んだ男に二人の人間を殺させるだけの力が
あるかどうか。 少なくとも、竜崎自身はいくら目の前に森真智子の裸身がちらつい
ても殺意までは起こらないだろうと思う。
「竜崎君」
「ん?」
「私の絵里衣役、昨日の部会で決まったんだけど、誰が話したのか、今朝、さっそ
く雑誌社の人が登校前に家に来て、インタビューさせて欲しいって言うの」
「インタビュー?」
「あいついで二人も殺された絵里衣役を演じる気持ちを聞かせて欲しいって」
さすがマスコミはやる事にそつがないと竜崎は変な意味で感心した。
「で、何か言うたのか?」
「一生懸命やるだけですって」
「まるで芸能人やな」
「……茶化さないで」
少しすねた口ぶりで見上げて竜崎の目を見る。 この目で見つめられたら竹田の野
郎じゃなくても陥落してしまいそうだ。 妖婦め。
「悪い」
「いいの。 それより、私、竜崎君にお礼を言おうと思って」
「お礼?」
「竹田先生との事」
「ああ」
竜崎にはそんなスキャンダルを暴露して喜ぶ趣味は無い。
「目をつぶって」
一瞬、目をつぶった隙に不倫の証人は消せとばかりに刺されるのではないかと思っ
たが、あがらう事が出来ず、言われた通りにした。
すると、いきなり、ふわっといい香りがしたと思ったら、自分の唇に熱い唇の触れ
るのを感じた。 目を開けると、森真智子の、人を奈落に引きずり落とさずにはおか
ない毒婦のような美しい顔がすぐ目の前にあった。
「な……な……」
「お礼よ」
森真智子は竜崎から離れ、そのまま道場の入口まで後ずさりして、小さく笑って出
て行った。
竜崎は唖然とした状態のまま、ゆっくりと後ろに倒れていき、そのまま道場の畳の
上にひっくり返ってしまった。