6
森真智子に相手にされなくなった竹田悦郎教諭は部活に出ていても元気が無かった。
「お、竹田先生やありませんか」
恐妻の竹田女史が苦境に陥れられた故のふんばりで、ヒステリックなほど活力に溢
れて、撮影の采配を振るえば振るうほど。 森真智子がより華やかに演じれば演じる
ほど、双方に相手にされなくなった自分がみじめに思えるのか、撮影の場にいても、
ほとんど口を出す事がなくなっていた。
おもしろくなさそうな顔をして、演台場から出てきた竹田教諭に竜崎が声をかけた。
「撮影も佳境ですな」
「ああ」
「事件のおかげでマスコミも騒いでるし、これで出来ばえがよかったら映コンもグ
ランプリ間違い無しと違いますか」
「そうやったらええんだけどな。 事件は事件で残るからな」
そんな甘いものと違うんやでという顔で言った。
「事件ていうたら、小沢の時、先生はいてませんでしたな」
「ああ、部活に顧問がついてないでどうしたんだって言われたよ」
「校長にですか」
「ことなかれ主義の校長は嫌やね」
「まったく。 顧問がついてようがついてまいが、事故や事件は起こる時には起こ
りますからね。 そやけど、どこにいってたんやて問いつめられましたやろ」
竜崎は、校長には言えない所に行っていたんだろう、という、ちょっと意地悪な気
持ちを込めて言った。
「あの日は僕の親父が急病で入院してね。 僕が病院まで車で連れて行ってたんだ
よ。 いわば慶弔休暇みたいなもんだ。 それを、私事で勝手をしたように言うんだ
から、まいったよ」
あの日は竹田は森真智子と一緒にいた。 それがばれないようにと、もっともらし
い言い訳を言う。 親が危篤とか、親戚の葬式でっていうのはあまりにも常套文句過
ぎやしないか、と竜崎は腹の中で笑った。
「それは大変でしたな。 けど、しかたないもんはしかたないからしょうがないで
すな」
「なんや、変な言い回しやな。 ま、ほんまにしかたないからしょうがないわな。
はは」
竹田は両肩を少し持ち上げる格好をして、旧講堂を出て行った。
竜崎はその背中に、自己嫌悪と哀れがしっかりとへばりついているのを見た。