〈27〉



               [古文書]

 1

 二度の中断の為、スケジュールがだいぶ押されていて、日々の撮影と編集作業がい
つも遅くまでかかるようになっている。 竹田女史がつきっきりで下校時間の延長を
申請しての撮影強行軍だった。

 その日は旧講堂演台でのロケの最終日だった。
 柔道部、美術部ともに部活を終えて帰ってしまった後、映研部員達も後片付けを終
 えて出て行くところ、国領香代子が最後まで残って戸締りを確認していた。
 もちろん、最近は国領香代子にべったりの竹内も残っており、それに、柔道部の練
習が終わった後もそのまま映研部の撮影を眺めていた竜崎も残っていた。
 「明日からはまた柔道一直線やで」
 竹内がせいせいしたという顔で言った。
 「もうおまえの出演する場面は終わったんか」
 「ああ、外様の出演するシーンは早めに済ましてしまう方針やったらしいてな」
 「ヘボは早よやっかい払いてか」
 「阿呆、そんな事言うてられるのも今のうちだけや。 上映されてから俺の演技を
見てびっくりせえ」
 「ふん、それで、梅本は首尾良うに殺したんかいな」
 「ああ、こうやってな、こう」
 竹内は両手で首を絞める格好をしてにやりと笑う。 結構殺人犯人役を楽しんでい
たようだ。
 「まあ、今度はおまえが殺されんようにな」
 「それや、それが恐い。 なんであんな色男にそこらへんの女が目の色変えよるん
や? あいつの為やったら人でも殺そかていう女、沢山おるで」
 竹内は本当に恐ろしそうに言う。 こればかりは身にしみているとでもいうように。
 「あいつの為やったら人でも殺そうていうやつ。 冗談抜きでほんまにおるやろか
?」
 「……動機か?」
 「ああ、なんぼ死ぬほど好きな男の為でも、いや、嫉妬でもやな、そんなもんが動
機でほんまに人なんか殺すやろか?」
 これが竜崎には一番引っかかっているところだ。
 「さあ、どやろな。 梅本の事を好きや好きやて言うてるやつらでも、ほんまのと
こは命がけていうくらいのはおらんのと違うかな。 アイドルタレントにきゃーきゃ
ー言うてるようなもんやろ」
 「そんなとこやろな。 やっぱり動機は別のとこにあるのやろか」
 「竜崎名探偵としてはまだ解決の糸口は掴めてないていうところか」
 「……いや、まあ、ちょっとはな」
 「ん? なんか判ったんか?」
 「ああ、けど、動機が判らんからな」
 「何が判ったんや?」
 竹内は竜崎に半信半疑に聞いた。 だが、竜崎はちょっと思案顔になったまま答え
なかった。 まだ考えがまとまっていない。 男が人に喋る時はすべての核心を掴ん
でからの事だと思っているからだ。 男はいいかげんな事は喋ってはいかんのだ。

 「竹内君」
 演台の方から国領香代子が声をかけた。
 「あ?」
 「もう少しかかるから、先に降りといて」
 国領香代子はまだ緞帳の仕舞いに手間取っているようだ。
 「手伝おか?」
 「ううん、もうすぐだから、下でシャッター閉められないように言っといてね」
 もう下校時間はとっくに過ぎている。 部活延長届は出してあったが、竹田女史が
もう降りてしまっているから、うっかりシャッターを下ろされかねない。
 「そやな、ほな、先に降りてるからな」
 「はーい」
 国領香代子は元気よく応え、竜崎と竹内は講堂を出た。
 「あの子もよう頑張るなあ」
 竜崎が言う。
 「副部長やからな」
 「そやけど、女の子で映研部ていうのも変わってるな。 よっぽどの見るに耐えん
ぶすやったら撮影する側の裏方で頑張るていうのは当然やけど、あれだけ可愛い顔し
てるんやから、演劇部の方にでも入ったら良かったのに」
 「それがあの子の奥ゆかしいとこや。 三人マチコみたいな自己顕示欲は無いな、
そこがええんやないか」
 竹内は自分の彼女を誉められたとして機嫌良く言った。
 「ふーん。 おまえが女の事誉めるとはな」
 「ひがむな。 おまえにもそのうちええ事があるて」
 竹内は優越感をこめて言ったが、竜崎はよっぽど森真智子との事を言うてやろうか
しらんと思った。
 「ふん、それより、あの子一人で置いてきて良かったんか? あそこはやたら幽霊
の出る所やで」
 竜崎は旧講堂を振り返って言った。 ちょうどこの場所は島崎晶子と用務員が幽霊
の泣き声を聞いた所だ。
 「そうやな、あの子気丈なとこあるからな。 ちょっとここで待ってよか」
 と言って、竹内が立ち止まった。
 「竹内よ、あのマリアさんやけど、結局、行方不明者とか失踪者に該当者がなかっ
たんやろか?」
 「警察がどのくらい熱入れて捜したかやけど、あの刑事やからな。 もうとっくに
時効になってるもんを性根入れて捜したとも思えんな」
 「じつにええかげんな刑事やからな。 いつ頃の事件かも見当付いてないんやろな」
 「ああ、マリアさんも浮かばれへんわな」
 「そやから幽霊が出るんやないか」
 竜崎は振り返って哀れみを言った。

 その時、旧講堂の中から、ばたん、と何かが倒れる音と、ばたばたと足踏みする音
が聞こえた。

 「?……なんや? あの子、演台から落ちたんと違うか?」
 「そうかな? 見てくるわ」
 そう言って、竹内は旧講堂に戻った。 竜崎はその場に立ち止まったままだ。 そ
のまま、ほんの数秒。 竹内が旧講堂に入ったやいなや、

 「!、国領っ! おおっ!」

 と言う、竹内の怒鳴り声が聞こえた。
 竜崎の身体は瞬時にして旧講堂に向かって駆け出していた。 廊下を走りきり、旧
講堂の入口に飛び込む。
 丁度、舞台部屋の扉の前で倒れている国領香代子の身体を竹内が抱き起こしている
ところだった。 そして、道場の反対側の旧講堂裏出口に駆け込んで行く男の後ろ姿
が一瞬見えた。
 「竹内! どないした!」
 「国領が襲われた! あいつや!」
 「おおっ!」
 国領香代子はどんなめに遭ったのか、ぐったりとしている。 もう殺されたのか、
気を失っているだけなのか判らない。 竹内は必死に抱き起こしている。 竜崎は逃
げて行った男を追った。

 ついに犯人は姿を現した。 後姿がちらりと見えただけだが、ジャージを着た、あ
きからな男。

 竜崎は、しめた、と思った。 旧講堂裏口は一階の所に鉄扉がある。 もう下校時
間の過ぎたこの時間なら鉄扉は閉められている。 袋の鼠だ。

 道場を斜めに走り、裏出口の扉を蹴り開け、階段を駆け降りた。 階段踊り場があ
り、そこを折り返すと、一階の鉄扉が見える。 そこには、国領香代子を襲った犯人
が、いる! もしかしたら、連続殺人の犯人が。
 竜崎の全身に緊張が走った。
 折り返した所で待ちかまえていて、反撃されてはいけないので、一端そこで止まり、
一拍おいてから、折り返した。

 すると、
 なんと、閉まっている筈の鉄扉が、

 「開いてる!?」

 そして、犯人が外に駆出し、今まさにその鉄扉を閉めるところだった。
 「しまったあ!」
 竜崎は踊り場で一拍足を止めた事を後悔し、慌てて階段を駆け降りるが、下に到着
するはるか前に鉄扉は音を立てて閉まった。
 残りの段を飛び降り、鉄扉に体当りしたが、びくともしない。 外から鍵をかけら
れてしまったのだ。
 鉄扉の外を、せっかく追いつめたと思った犯人が悠々と逃げていく。

 「くっそお!」
 竜崎は地団駄踏んで鉄扉を蹴飛ばしたが、どうにもならない。 また階段を駆け上
がり、道場の竹内と国領の所に戻った。
 「どや?」
 「おう、こっちは大丈夫みたいや」  竹内が活を入れたのだろう。 腕に抱きかかえられている国領香代子は意識を取り
戻していた。 おびえた顔で竹内にしがみついている。

 「ん? なんで一人や? 犯人は?」
 「逃げられた」
 「なにい? おまえが取り逃がしたんか?」
 「下の鉄扉が開いてたんや」
 「外まで追いかけていかんかい」
 「いや、それが、その鉄扉をまたわざわざ鍵閉めて行きよった」
 「どういう事や?」
 「犯人は鍵を持ってたていう事や。 鍵を使うて鉄扉を開けて入って来た。 そし
て、逃げる時にも鍵を使うで閉めて行った、ていう事や」
 竜崎はいまいましそうに言った。
 「間に合わんかったんか?」
 「ああ、あと一歩ていうとこやった」
 「くそっ、もうちょっと早うに駆け込んでたら」
 竹内は悔しそうに言い、国領香代子を抱き上げた。

 「国領、あんたを襲うたやつの顔、見たか?」
 竜崎は国領香代子に顔を近づけて、聞いた。
 「ううん、いきなり後ろから首を絞められたから」
 「そうか、……後ろから、ていうことは、奴はどこから出て来たんや?」
 「こっちの、舞台部屋のドアを出たところで、ドアの後ろから出てきたみたいなん
だけど、よく判らない」
 「ふーん」
 つまり、竜崎と竹内が旧講堂を出ていくのを、裏出口の所から見ていて、それを確
認してから、このドアの所まで忍び足でやって来て、国領香代子が中から出てくるの
をドアの陰で隠れて待っていた、という事か。

 「下の鉄扉を開けて入ってきたんやな」
 竹内が言った。
 「ああ、そうみたいやな」
 「という事は、下の鉄扉の鍵を持ってるやつが犯人か」
 「そんなもん、合鍵を作っとるやろ。 鍵庫の中にちゃんとあの鉄扉の鍵はあると
思うで」
 「くそっ」
 「国領、怪我は?」
 国領香代子の首には鮮やかに絞められた跡が赤紫色に残っていた。
 「まだ、めまいがするけど……大丈夫」
 竹内に抱き上げられたまま、けなげにも笑う。

 「あの、国領よ」
 「……はい?」
 「首を絞められた、その絞められ方なんやけど、その跡を見てたら、首を、こうし
て、両手で絞められたんやなさそうやな」
 竜崎は両手を前に差しだして、両側から挟み込むような格好をして言った。
 「……あ、ああ、あの、よく憶えてないんだけど、そんなのじゃくて、いきなり後
ろから、腕を首に回されて、そのまま絞められたみたいだった」
 「こうか?」
 竜崎は右腕を前に出し、首にまわすようにして、その右手首を左手で押さえた。
「……よく、判らないけど、そんなだった」
 「絞められて苦しかったか? それとも気持ち良かったか?」
 「え? ああ、なんて言うんだろ、苦しいとか痛いとかじゃなくて、こう、ぼーっ
と意識が無くなっていくって感じかな」
 「ふーん」
 「裸締めか」
 竹内が竜崎の腕の形と落ちていく状態から察して言った。
 「みたいやな」
 「くそっ、なんちゅう事しやがる」
 竹内は国領香代子を抱いたまま歯ぎしりをする。

 国領の意識はもうかなりはっきりしているが、まだ立てないでいるみたいだった。
頚動脈圧迫による脳酸欠の後遺症が残っているのだろう。
 「救急車呼ぶか」
 竜崎はしかたなさそうに言った。
 「ああ、警察にも報らせんとな」
 竹内もあの大門警部補の顔が浮かんで、あまり報らせたくはないが、と思ったが、
こればかりは放っておく訳にはいかない。
 「電話してくるわ」
 竜崎はその場に竹内と国領香代子を残して、旧講堂を出る。
 竹内は国領香代子を抱きしめたそのままで立ち尽くしていた。



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