〈33〉



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 『三人目のヒロイン殺される』
 『女子校生連続殺人事件、ついに三人目!』
 『三人目は毒蛇に噛まれて!』
 翌朝の新聞には各紙とも大見出しで掲載した。 早朝の阿倍野警察で、刑事部屋
のソファで大いびきをかいて寝ている大門警部補を冷たい目で見下ろしながら成田
刑事はそれらの記事に目を通し、舌打ちをした。
 その時、部屋の電話が鳴り、成田刑事は受話器を取った。
 やはり、松嶋教頭からだった。
 「どういう事ですか!」
 「何がです?」
 「とぼけないで下さい。 今朝の新聞に梅本の事がでかでかと出てるじゃないで
すか」
 「どこにですか?」
 「どういうつもりですか。 新聞は見たでしょう」
 「見ましたよ」
 「それなら……」
 「松嶋先生、あなたらしくもない。 今朝のどの新聞を見ても梅本のうの字も出
ていませんよ」
 「そんな事は判っています。 けれど、前日までの報道を見ていれば、それなり
の配慮があってしかるべきじゃないですか」
 「警察が事実を曲げて発表したり、隠しだてたり出来ると思いますか」
 「しかし……」
 「私達としても出来るだけの配慮はしたつもりです。 けど、先生もご存じのよ
うに、あのマスコミです。 我々の配慮など歯牙にもかけない。 事の次第を憂慮
しているのは我々なんですよ。 それに、言っちゃなんですが、マスコミに流れて
いる写真や記事の多くは、あなたの学校の生徒達によるものですよ。 身内が身内
を売り飛ばしているんです」
「…………」
 松嶋には返す言葉が無かった。 松嶋自身、そうしたマスコミの手先になってい
る生徒達を叱り飛ばしたりもしたが、金に目の眩んだ生徒達をとても制しきれるも
のではなかった。 自分の非力さを呪ったが、どうしようもない。
 「判ってます。 判ってますが、それでは梅本があまりにも……」
「先生、そんなに落ち込む事はありませんよ。 たぶん、梅本君は明日にでも釈
放されます」
 「え?」
 「梅本君は断固として犯行を否認しています。 それに、凶器が出てこない。そ
れと、森真智子はそうとう派手に斬られているのに梅本君は返り血を浴びていない。
手にも血液反応は無い。 これはおかしい。 仮にナイフのような物で斬ったのな
ら、当然ナイフを持った手に返り血は付く筈なんですが、付いていない。 さらに
梅本君は、上から落ちてきた森真智子を受け止めた際に、倒れて腰を打っている。
確かにはっきりとした打ち傷がありました。 これが森真智子の後ろから斬ったの
なら、当然森真智子の方が先に落ちていってる筈ですから、梅本は受け止められる
筈がない。 そして、なによりも犯行パターンがおかしい。 前の三つの事件、小
沢と本谷と国領の場合ですね、犯人は実に巧妙に立ち回っています。 自分の姿は
決して現さず、陰で動き回っています。 ただ国領の場合は失敗しましたけど。
それなのに今回の事件は、もしあれが梅本の犯行だとすれば、あからさまに姿を我
々にさらしての、いわば捨身型の犯行であって、これはおかしい。 目的を果たせ
れば自分が警察に捕まってもかまわない、覚悟の上の犯行です。 前の三つは実に
絶妙なトリックを使って自分の身を隠しているのに、今回はあからさまだ。 そん
な筈は無い。 同一人物のしわざだとすれば、今回も巧妙なトリックを使って事件
を仕上げる筈です。 これが、梅本君の言う通り、時計塔の中に犯人が隠れていて、
森真智子が一人になった時を見計らってから襲い、その後すぐに、我々の全く判ら
ない方法で身を隠したのだとすればどうですか。 前の三つの犯行パターンと同じ
になるでしょう。 私はこの四つの事件は同一人物による共通する目的の為の犯行
だと見ています。 だから犯人は梅本君ではないと思う訳です。 まあ、それにし
ても、いくら映コンの主人公とはいえ、あの大門警部補殿にあれだけ痛めつけられ
て、いつまでも芝居を続けていられるとも思えませんからね」
 成田刑事は一気に喋った。 聞いていていちいち納得の出来る無内容だったので
松嶋はとりあえずほっとはした。
 「なるほど、それほどの根拠があるなら、即、梅本を釈放していただけるんでし
ょうね」
 「いや、たぶんもう少しかかるでしょう」
 「どうしてですか!」
 「警部補殿が梅本君に入れあげてますからね。 なんとしてでも自供を取ろうと
していますから。 けど、まあ大丈夫でしょう。 現時点の捜査状況だけでは、こ
れ以上の拘留は出来ないでしょう、たぶん」
 「たぶん?」
 「凶器が発見されて、それに梅本君の指紋でも付いていれば、まあ、数年は出れ
ない事になりますからね」
 「…………」
 「けど、まあ安心して下さい。 梅本君はお返ししますよ。 あ、そうだ、先生。
先生にお聞きしたい事があったんですよ」
 成田刑事はいきなり話題を変えて、質問を振ってきた。


 「は?」
 松嶋は警戒して聞き直す。
 「以前、先生と竜崎君と私の三人で中庭で話しをした事がありましたね」
 初めて成田刑事が工芸高校へ乗り込んで来た時だ。
 「あの時、先生は工芸高校の二十五年の卒業とおっしゃってられましたね」
 「……ええ」
 「この事件ははどうも、旧講堂の壁から人骨が発見された事から端を発しているよ
うな気がしましてね。 いや、根拠は無いんです、ただ日時的な符号だけなんですが。
それでね、気になって、ちょっと昔の工芸高校の事を調べてみたんですよ。 すると、
昭和二十四年に工芸高校内で二人の女子生徒が連続して殺されたという事件がありま
した。 当然先生はご存じだったと思うのですが」
 以前の話しを憶えているのだから、ごまかしは出来ないぞという断固たる言い方だ
った。
 「……ええ、確かにそんな事件がありましたな」
 「昔の事なので警察にも詳しい捜査報告書は残っていないんですが、どうも迷宮入
りした事件のようなんですよ」
 「ええ、犯人は見つからなかったように憶えています」
 「殺された女子生徒はご存じでしたか?」
 「……さあ、もう随分昔の事ですからね。 ほとんど記憶は無いですよ」
 「そうですか。 その事件の頃とあの旧講堂の白骨死体の埋められた頃と同じ頃な
んじゃないかと思いましてね。 どうですか、その辺のところは? 何か心当たりで
もありませんか?」
 「いや、何も無いですね。 あの時も、やはり今回の事件のように大騒ぎにはなり
ましたが、結局犯人も手口も判らずじまいで、その後、私は卒業してしまいましたか
ら、その後の事は何も判りません」
 「手口が判らなかったというのは、どういう事でしょう?」
 「今回と同じですよ。 旧校舎に一人でいるところを殺されて、犯人は煙のごとく
消えてしまった。 教室は密室状態だった」
 「二人ともですか?」
 「ええ、結局当時の警察も密室の謎は解けずじまいだったようです」
 「ふーん。 なんだか、今回の事件との関連性を感じますね」
 「まさか、当時の犯人と同じ犯人な訳はないでしょう」
 「そうでしょうか。 例えば先生が犯人だとすれば、両方の事件に関与出来る可能
性があるという事ですよ」
 「はは、それは無いですよ。 昭和二十四年の事件の時も今回の事件も私にはアリ
バイがありますし、何より私には生徒を殺す動機がない。 守ってやりこそすれ、殺
す理由がありません」
 「そうですか。 それじゃ、もう少し詳しく当時の事件の事をお聞かせいただけま
せんでしょうか」
 「……まあ、いいですけど、けどほとんど憶えていませんから、参考になるかどう
か」
 「憶えてらっしゃる範囲でお願いします」
 成田刑事は熱を込めて言った。 
 「……そうですね、そしたら。 ……あの時、初めに殺されたのは二十四年の年度
があけて間なしの頃だったと思いますが、殺されたのは、……確か土屋という名前だ
ったと思います。 その女性徒が放課後教室に友人と数人で居残っていて、さあ帰ろ
うという事になって皆で教室を出ました。 出た所で、土屋さんが教室に忘れ物をし
たのに気付き、一人で教室に取りに戻ったのです。 他の生徒達はそのまま教室を出
た所で待っていたのですが、いつまでたっても土屋さんが出て来ない。 不審に思っ
た友人達が教室の中を見てみると、そこで土屋さんはもう殺されていて、教室には誰
もいなかったというものです。 もちろん、教室の前にいた生徒達は教室に入った者
も出て行った者も見ていなかったと言うのです」
 「…………」
 成田刑事は黙って聞いている。 警察には資料は残っていないと言っていたが、本
当は残っていて、わざとそれを隠し、松嶋の話しとの相違点を探っているのかもしれ
ない。
 「その時の友人達に容疑がかけられたみたいでしたが、それも解けたようでしたね。
動機もありませんでしたし、実行も不可能だと判断されたんでしょう」
 「当時の警察の捜査はどうでした?」
 「当時は私も高校生でしたから、恐ろしさが先に立ってとてもそんな事件に顔など
突っ込めませんでしたから、その辺はちょっと……」
 「そうですか……。 私はまた先生の事ですからあの竜崎君のように当時もご活躍
なさったかと思いましたが」
 竜崎の名前を出されて松嶋はしかめっ面をした。 松嶋にしても竜崎はやりずらい。
 「あいつの度胸の良さには私も驚かされています。 私らの高校生の頃はあいつら
のような肝っ玉はとてもとても」
 「いや、先生もなかなかとお見受けしましたが」
 「まあ、それはいいでしょう。 で、その次は、あの時計塔の中です」
 「森真智子の殺された?」
 「そうです。 あの当時はまだ時計塔の時計は動いてましてね。 定期的に掃除も
行われてました。 ちょうどその時の掃除当番だったのが畑中という女性徒で、掃除
の為に当番二人で時計塔に上って行ったのですが、掃除途中で一人が便所に行きたく
なり、下に降りた。 用をたして、また上っていった時には畑中さんは殺されていた。
もちろん、時計塔下の階段室の前には他の生徒数人がいて、その間、誰も時計塔に上
がらなかったし誰も下りて来なかったと証言しています。 まさに密室が完成してい
る訳です。 当時の警察が懸命に調べてはいたみたいですが、とうとう判らなかった
みたいですね」
 「まさに今回の事件とそっくりじゃないですか。 先生、今回の事件が起こった時、
その相似点に当然気付かれていたでしょうね」
 「……似てはいるなと思いましたが、まさか……」
 「そのまさかが起こっているんですよ。 もう少し早くおっしゃっていただけてい
れば」
 「もっと早く解決出来ていましたか?」
 「……いや、それは判りませんが。 で、その時の二人の死因は何だったんです?」
 「二人とも絞殺だったように思いますが」
 「そうですか……」
 成田刑事は受話器を持ったまま考え込んでしまった。 このあまりにも相似点の多
い、時を隔てた事件は成田刑事の関心を大きく引いたみたいだったが、それだからと
て、今の事件がそれによって解決するなどというものでもない、いや、そればかりか
益々謎は深まっていくばかりだった。
 「それなら、あの壁に埋められていた白骨死体はどうなんでしょうね。 時期的に
は同じ頃なんじゃないかと思いますが」
 「さあ、あれはどうでしょうか。 当時の工芸高校でいきなり行方不明になった者
はいなかったと思うのですが」
 「いや、先生の記憶の中で、あそこの壁が急に新しくなったという事はありません
か?」
 「いや、憶えてないですね。 私の在学中から生徒数が増えてきてましたから、あ
ちこちで増築なんかはやっていたようにも思いますが」
 「……記憶にありませんか」
 成田刑事は未練そうに言った。 今回の事件の発端を白骨死体の発見として見れば、
そこからなんらかの糸口が掴めるのではと読んだ成田刑事の思惑もこれでは先に進ま
ない。 なんとか松嶋がそのあたりの関連を喋ってくれればと思うのだが。
 「残念ながらお力にはなれないようですね。 ところで、私はこれから登校の準備
があるのですが」
 「あ、これは長話しをしてしまいました。 先生、この後、また学校の方へ伺いま
すので、その時にもう少し詳しくお話しを聞かせていただけますか」
 「ええ、いいですけど、私の記憶ももうかなりいいかげんになっておりますので、
きちんとしたお話しが出来ますかどうか」
 「いえ、大変参考になります。 私もこちらなりにもう少し詳しい調査資料がない
ものか捜してみますので、また後ほどお願いします」
 成田刑事はもうとっくに時効になった事件になみなみならぬ関心を示し始めた。
 「それじゃ、くれぐれも梅本は早く解放して下さいよ」
 「判っております」
 成田刑事は電話を切ったが、松嶋はしばらく受話器を握ったままで考え込んでいた。


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憂想堂
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