〈35〉




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 「コブラの出所が判ったあ! 何処や? 何い? 工芸高校?!」
 大門警部補と得居刑事、それに成田刑事の三人は大急ぎで工芸高校に走った。

 校長室には山之内校長と教頭松島、それに、もう一人、顔を青くしてうなだれてい
る二十代半ばくらいの男がいた。
 「警部補さん、ご足労いただきまして恐縮でございます」
 校長はこれ以上情けない声は無いのではと思わせるほど情けない声で言った。
 「挨拶はええ、挨拶は。 それで、コブラは何処におるんや!」
 弱い者に対しては思いきり居丈高な喋り方をする。 やくざと警察官は共通したと
ころがあるようだ。
 「は、はい、あの、こちらにおりますのは、我校で理科の生物を教えております角
公二教諭でありまして」
 校長はうなだれている若い男を紹介した。
 「角です。 どうも……」
 角教諭はうなだれたまま挨拶をした。
 「あの、実は、この角がコブラの毒を所持しておった訳でして」
 「何い! 持ってたあ!? どういう事や!」
 「は、はい、あの、私、大阪市立大学で免疫学を専攻しておりまして、つまり、毒
蛇の毒を研究して、抗体を調べたり、血清を点出したりする研究をしていた訳でして、
本来ならそのまま大学に残って研究を続けていたかったんですが、その、いろいろと
家庭の事情などもありまして」
 「能書はええ! コブラは!」
 大門警部補お得意のどす黒い顔での怒鳴りが出た。
 「は、はい。 それで、この高校に就任してからもやっぱり研究が続けたくて、そ
の、今でもここの化学実験室の器材を使用させてもらって研究を続けていたんです」
 「毒は!」
 「だ、大学の研究室から持って来ました。 け、研究用としてです」
 この角という男はひどく内向的で小心者なのだろう。 常にうつむいて、人の顔を
見ないで話をする。 良く言えば、研究室に一人でとじこもって、周囲を一切忘れて
研究に没頭する学者タイプの人間だが、たんに人慣れの出来ない不順応人間であると
も言える。
 [持って来たあ? その毒で森真智子を殺したんか!」
 「ひっ、と、と、とんでもない! わ、私じゃありません」
 「毒持っとったんはやまえやろ。 おまえ以外におれへんやないか。 自首してき
たんと違うんか!」
 「い、い、いえ、ち、違います」
 「どない違うんや!」
 「あ、あ、あの、……あ、あ、」
 角教諭は顔色を真っ青にして頬をひきつらせ硬直した。 研究室にばかり閉じ込も
り、世間の荒波に揉まれた事も無い若い学者が、やくざはだしの大門警部補に怒鳴り
つけられたものだから、頭の中が転倒してしまったようだ。
 「どないやねん!」
 「警部補、ちょっと待って下さい」
 成田刑事が大門警部補を制した。
 「何か!」
 「まあ、ちょっと」
 年齢では自分より下でも、府警から派遣されて来たエリートなので、大門警部補と
しては一応成田刑事の指示には従わなければならない。 大門警部補は思い切り嫌な
顔をしながら角教諭への攻撃をやめた。
 「角先生」
 成田刑事は穏やかに声をかけた。
 「先生は大学時代からずっと毒蛇の研究をなさっているんですか?」
 「え、ええ」
 「じゃ、今でも大学の研究室とはよく行き来なさっているんですか?」
 「はい。 同期の者がそのまま研究室に残っていますもので、今でもよく向こうに
行っています」
 「なるほど、大学の方でも研究をなさっている訳ですか」
 「はい」
 「それで、先生は自分一人でも研究が進められるように、コブラの毒や、もしかし
たら血清とかその類を研究室から持ち出して、こちらでも研究を進めていた。 そう
いう事ですね」
 「そ、そうです」
 成田刑事の穏やかな話し方とその内容で角教諭は少し安心したのか、顔色が良くな
ってきた。
 「いや、学問というものは大学時代だけで極め尽くせるものじゃありませんからね。
先生の博学精神はよく判ります。 教職に就かれてからも研究を怠らないというのに
は頭が下がります」
 この男には、頭ごなしに脅しつけるより、研究者としての自尊心をくすぐってやっ
た方がよく口が動くと成田刑事は見た。
 「ええ、本当はずっと大学に残りたかったんですが」
 「いや、学問は場所じゃないですよ。 論文なども出されているんでしょう」
 「はい、自分に出来る範囲の事はとにかく形に残そうとしていますので」
 「いや、感心します。 ところで、その研究室から持ってきたというコブラの毒は
どうしてられたんですか?」
 「は? どうしてとは?」
 「この学校内に保管されてたんですか?」
 「あ、ああ、ここの生物室の保管庫に入れてありました」
 「ありました?」
 「え、ええ、それが、確かに入れてあったのですが、今朝の新聞に森さんの死因が
コブラの毒だという事が書いてあるのを見て、まさか、とは思ったんですが、一応保
管庫を調べてみようと思い、さっき登校してから調べたら……あの……やっぱり、コ
ブラの毒液を入れてあったビンが無くなっていたんです」
 「無くなっていた? それはいつから……もとい、いつまであったのか憶えていま
すか?」
 「あ、あの、たぶん、一週間位前まではあったと思うんです」
 「たぶん? 思う?」
 「はい、保管庫にはコブラの毒液だけじゃなく、他の種類の蛇のものもありますの
で、あの、同じ形のビンに……」
 「判りました。 それじゃ、とにかく、その保管庫を見せていただけますか」
 「はい、どうぞ」
 一同、席を立ち、やはり旧校舎一階にある生物室に行った。


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憂想堂
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